意外な一面
──先程まで、私は魔王の城を目指して山登りの途中、開けた岩場で休息を取っていたはずだ。しかし、今いる場所は、周りを木々に囲まれた花畑だった。
「なん、で……?」
こんなこと、予定になかった。またしても不測の事態が起きてしまったのだ。
「みゃーお」
呆然と呟く私を心配したのか、腕の中のミィが泣き声を上げて擦り寄ってきた。私がしがみついていたハクは、起き上がって辺りを見渡している。そして、すぐ傍にマリースさんとイーサさんが蹲っていることに気づいた。
「マリース!イーサ!無事か?」
「……なんとか」
「どうなったの?……ここはどこ?」
ハクの呼びかけに応えるものの、二人共不安そうに、キョロキョロと視線をさまよわせている。
マリースさんとイーサさんもいるなら……。
「アーティ……アーティ?」
私は周囲を見回して、彼の姿を捜した。私が不安になる時、いつもなんでもない顔で励ましてくれた彼は……どこにもいない。まだ状況が全くわかっていないのにもかかわらず、私は途方にくれたような気分になってしまう。
「……ねぇ、重いんだけど?」
「はっ……!?……失礼いたしました」
私達から少し離れたところで、マオレク王子に覆い被さっていたミリアさんは、眉をしかながら、立ち上がって王子に手を差し出した。
「どうぞ」
「女性に手を引かれる男なんて恥をかかせないでくれる?」
「……それはまた、失礼いたしました」
笑顔で手を引っ込めたミリアさんから、冷気を感じる。思わずそちらを向いてしまった私は、そのただならぬ雰囲気に呑まれ、気分が沈んでいたことを忘れてしまった。……ミリアさんが今にも王子に発砲しそうで、怖い。
「……君は、よく平気で僕を抱え込めたね」
「ええ、ほんと……大変、無礼者で申し訳ございません」
「そうじゃなくて」
目が座っているミリアさんを、マオレク王子は真剣な表情で見つめる。
「ジュリアを首に巻いている状態なのに、よく抱きつけたなって。普通、躊躇うでしょ?女性なんか特に」
たしかに……大人しそうにしているとはいえ、蛇だ。蛇好きとかでなければ、非常時であっても、多少躊躇してしまいそうだが、ミリアさんは素早く、マオレク王子を抱えて込んでいた。
「……もしかして、君も蛇が好きなの?」
「違います」
王子の疑問を、ミリアさんはきっぱり否定した。
「護衛対象が蛇持ってようが、泥被ってようが、いざとなったら抱えて護る──軍人として、当然の行動をしただけです」
「か……」
かっこいい!と叫びたい衝動を、私は寸でのところで抑えた。
ミリアさんが凛々しくて素敵すぎる。こんな事態にあっても、胸がキュンキュンして、気分が高揚してきた。
「ミリアさんに護ってもらいたい……」
頬をぽっと紅潮させて呟く私は、まるで恋する乙女のようだったそうだ。
一方、もう一人、頬が真っ赤になっている人物がいた。
「お……ゆ、勇敢な女性だね!頼もしいよ!」
ぷいっとミリアさんから目をそらし、マオレク王子は私達と行動してから、はじめて(勇者以外の)人を褒めた。
その様子に、言い負かしたと思ったミリアさんは満足そうに笑みを浮かべ、マリースさんとイーサさんは「あら!」と驚きの声を上げて互いの顔を見合せ、ハクはきょとんと首を傾げた。私はと言うと、もちろん驚いているが、それよりも……ヤキモチを妬いたのか、マオレク王子の首に巻き付いていたジュリアさんが、王子から体を放して地面に降り立ち、どこかへ行こうとしていることにハラハラしていた。
「──おい……何だよ、あれ?」
ロンがビクビクしながら指摘するのは、数メートル離れた先にいるアーティだ。彼が纏う雰囲気に圧され、これ以上近づけない。ロンを肩に乗せたヨシュアは、触らぬ神に祟りなし、ということで、出来れば今の同僚に関わりたくないのだが、何もしなければ、現状を打破できない。
「レイノルド……とにかく、セイヤ様に連絡するぞ」
ヨシュアが声をかけると、アーティは無言のまま頷いた。
突如として、桃子達が消えた──先程まで目の前にいたのに、瞬きの間に姿が無くなっていたのだ。
アーティは気づいた時には駆け出し、ヨシュアとジークも揺れが収まるとすぐに辺りを捜索した。しかし、彼女ら自身も、彼女らを消した犯人やその痕跡も見つけることはできなかった。ミリアが持っているはずの通信機に呼び掛けても、反応はなかった。
ひとまず、ヨシュアが元の岩場に戻ってみると、既にアーティがいて、今の状態だった。
──顔はいつもの何を考えているかわからない無表情だが、なぜか、色素が薄い赤茶色の髪が浮いていた。まるで無重力空間にいるかのように、下から風を受けているかのように上がっている。そして、周囲が気圧されるような、見えない波動のようなものを感じる。
稔がこの場にいたのなら、「すっげぇ!あっくん、スーパー野菜星人みたい!」と評したことだろう。
「……ヨシュア。連絡は任せるよ。僕は、もう一度、桃子達を捜しに行く」
「落ち着け!この辺りにはいなかったんだ。闇雲に捜しても、労力と時間を無駄にするだけだ」
声の調子は落ち着いているが、無謀なことを言い出すアーティを、ヨシュアは慌てて諫めた。しかし、アーティは無言のまま歩き出し、近くの茂みに手を突っ込んだ。
「闇雲じゃないよ」
「ぅみゃあ!」
「みぅ」
アーティが茂みから引っ張り出したもの──それは、三つ子の仔猫のうちの二匹、リィとクゥだった。
「猫くん達の一匹は、桃子が抱えていた。恐らく、桃子と一緒にどこかに飛ばされたはずだ。彼らは魔法の誤作動とはいえ、融合してしまうくらい、同調率が高い。兄弟のピンチだから、真面目に高感度センサーの役割を果たしてくれると思うよ」
思いの外冷静だったアーティに、ヨシュアは感心した。髪が浮き上がっていたり、近寄りがたい雰囲気を纏っているが、実は普段通りなのかもしれない。
「では、私はセイヤ様に連絡しながらコスナーさんを待って、後を追う。ちゃんと通信機に出ろよ」
「りょーかい。早くおいでよ?今の僕、犯人見つけたら、冷静じゃいられないかも。……半殺しで済むかな?」
「……お前……」
やっぱりアーティは普段通りではなかった。淡々ととんでもない予言をする彼の怒りは爆発寸前だ。
ヨシュアは顔をひきつらせながら、既に遠くなったアーティの背を見つめ、慌ててセイヤとジークに連絡をとるのだった。




