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初恋はなかったことにしたい人もいる

「マオレク王子、お手をどうぞ」

「問題ないよ」

王子に気を遣ってヨシュアさんが差し出した手を取らず、王子はすいすい段差のある道を登っていく。その他、手助けが要りそうな女性だが、ミリアさんは軍人として鍛えているので平然としていて、意外にもイーサさんは材料探しで慣れているらしく、頑張って一人で登っている。マリースさんはドレスなのでジークさんの手を借りているが、いざとなれば一人で大丈夫だろう。……この中で、本当に手助けが必要なのは私だけだ。

「桃子、もう少し行ったら休憩するから頑張って」

「みゃーお」

アーティに手を引かれ、足元で元気に跳ね回る仔猫達に励まされる勇者……。早くも化けの皮が剥がれている。マオレク王子がどんな反応をしているのかと、私は肩で息をしながら、王子に目をやった。

「さすが、狼だね!こんな山道でも悠々進んでる!動く度、揺れる毛並みがなんて美しい……!ああ!鷹の飛ぶ姿はなんて凛々しいんだろう!」

……うん、問題なし。彼は動物に関すること以外で勇者に興味はなかった。今も先に行ってるハクとロンをキラキラした目で追いかけている。へばっている勇者になんて目もくれない。

「あれだ、桃子……ふぁいと~」

「いっぱ……何でそのフレーズ知ってるんですか!?」

またしても稔くんの影響か。思わず続いてしまいそうになったアーティの言葉につっこむことで、私は少しだけ元気を取り戻した。







広い岩場に着いたところで、私達は休憩を取ることになった。

私は、ジークさん(紳士)が敷いてくれたレジャーシートに座って、イーサさん(女神)特製スポーツドリンクを飲んで、ようやく一息吐いた。

落ち着いたところで、周りの様子を観察してみる。私のすぐ傍では、ハクが座り込み、仔猫達もそれに習ってちょこんと座るが、キョロキョロと辺りを見渡して落ち着きがない。マオレク王子は、そんな動物達に隙あらば抱きつこうとしているようで、獲物を狙うような目でこちらを伺いながら近づいて来ている。あまり疲れた様子の見られないマリースさんとイーサさんは、ミリアさんを引き込んで私の隣に座って、楽しそうにおしゃべりしている。いわゆる“女子トーク”に、得意ではないらしいミリアさんは戸惑っているようだ。そんな女子が固まっているところに男性陣とロンは居心地が悪いのか、少し離れたところで辺りを警戒している。アーティはつい先程まで私のすぐ傍に立っていたが、通信が入り、マオレク王子に聞き取られないように離れたところへ移動していた。


「──トーコちゃんは、どうなの?」


「……へ?」


唐突に話を振られて、私は間抜けな声を返してしまった。横に目をやると、マリースさんがニコニコの笑顔で説明してくれる。

「今ね、初恋の話をしていたの。イーサちゃんはイーサちゃんのお父様の同僚のお医者様で、ミリアちゃんは、なんと!アティールくんなんだって!」

「大きな声で言わないでください!」

ミリアさんが真っ赤な顔でマリースさんの肩を掴む。

「アーティなんですか!?え、なんで!?」

ミリアさんの初恋相手が意外すぎて、私はその女子トークに入り込んでしまった。

「トーコさんまで……あんまり言わないでください。初恋と言っても、一瞬で終わりましたから。五歳の時、レイノルド邸に父と共に訪れてはじめて会ったアティールは、今より髪の色が薄くて後光が射しているような美少年で……天使様だと思ったんです。でも……」


『君、剣か魔法できるの?』


「そう言って、いきなり剣を寄越して攻撃を仕掛けてきやがったんですよ、あの男は!五歳のか弱い女子にですよ!一瞬で、心も体もズタボロよ!!」

「アティールくん、子どもっぽい遊びってあんまりしてなかったのよねぇ。きっと、勉強や鍛練ばっかりやってたから、ミリアちゃんとどうやって遊んだらいいかわからなかったのよ。生まれながら魔力が強かったから、小さい頃からお祖父様に鍛えられて、その頃には大人顔負けの強さになってたなぁ……」

ミリアさんが気の毒でならない。しかし、マリースさんが言うように、遊びよりもずっと鍛練をしていたというならば、アーティだけが悪いとも言いづらい。アーティなら仕方ないのかなとも思えてしまうあたり、私は大分アーティに絆されているようだ。

「で?トーコちゃんはどんな初恋だったの?」

マリースさんに尋ねられ、私は内心「しまった!」と顔を強張らせる。この手の話に入ると、自分にも矛先が向けられることを忘れていた。私も初恋は良い思い出がないのであまり言いたくないのだが、ミリアさんも言ったのだから仕方ない。

「私の初恋は……」

私が諦めて話し出そうとした、その時、すぐ傍にいたハクがばっと体を起こした。

「ハク?」

「……何か、来る!」


「みゃあぁ!」


仔猫達が叫び声を上げながら、バラバラに駆け出す。

「あ、ミィ!クゥ……っ!」

私の胸に駆け込んできたミィを抱え、まだ近くにいるクゥを確保しようとしたところで、大きな地震がやってきた。

「きゃあ!?」

「王子!」

イーサさんとマリースさんは互いの手を握りしめながら身を屈め、駆け出したミリアさんは、ハクの近くにいたマオレク王子を抱え込むようにしてしゃがみこませた。いつの間にか飛び立ったロンは空中を旋回し、アーティ、ヨシュアさん、ジークさんはそれぞれの場所でぐっと揺れに耐えていた。

私もミィを抱えたままハクにしがみつき、ぎゅっと目を閉じて揺れがおさまるのを待った。



やがて、揺れを感じなくなり、顔を上げて辺りを見渡した私は目を疑った。





──そこは元いた場所ではなかったのだ。


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