変人が増えました
「今日はあそこに泊まるんだよ」
そう言ってマリースさんが指し示すのは、山の中腹辺りにあるコテージだった。登山者用に設けられたものだろうか、しっかりしていて広さも充分ありそうだ。
「あれも今回の作戦のために用意したものだよ」
「といっても、元々あった山小屋を増築、改装しただけど」
「充分大変な作業です!」
けろっと言うアーティに私は反論した。部下さん達がどれだけ大変な思いをしてるかを思うと、涙が出そうだ。
日が暮れ始めた頃、到着したコテージに入ると、中は温かく、灯りが点されている状態だった。
「ミャア!」
私がきょろきょろと内装を見渡していると、何かが足元に飛び付いてきた。
「仔猫達!?」
見下ろすと、三匹の仔猫が「ミャアミャア」泣きながら、私の足にまとわりついていた。
「お疲れ様でした、皆様。お待ちしてました」
そう言って奥からひょっこり顔を出したのは、見たことない男の人だった。少し崩れているが、きちっとオールバックにした黒髪で、太めの凛々しい眉に吊り目だが涼しげな目元。すっと通った鼻筋、色白でシャープな輪郭。細身だがひょろっとしているわけではなく、程よく筋肉がついていそうだ。ぱっと見の印象が、フォーマルスーツが似合いそうな大人の男性なこの人は誰だろう?……先程の声から、大体予想はつくが。
「私です。ジークです」
「やっぱり!どうしたんですか、その格好?」
いつも見るのは、コンラートさんの部下の制服姿──目元以外を覆った覆面に、動きやすそうな黒色の上下だが、今は白に水色で刺繍が施されたシャツに、茶色のズボン、何より覆面を被らず、素顔を晒している。何かあったのかと危惧しても仕方がない。
「魔王の部下の出番はあの町で終わったので皆様のサポートに回ったのですが……ついでに表の仕事を任されましたので」
「表の仕事?」
「ほら、ジークさんは魔法研究所にお勤めでしょう」
マリースさんの言葉に、そういえばそんなこと話してたなぁと私は記憶をさかのぼる。
「今回の作戦での魔物は猫くん達と幻術のコラボレーションの予定だからね。魔法研究所預りの猫くん達を、研究員の彼が連れてきて監視することになったってことでしょ?」
「ご推察のとおりです、アティール・レイノルド様」
猫達も同意するように「ミャア!」と力強く鳴き、私の足に額を擦り付けてくる。……可愛すぎる!私は屈んで猫達を抱き上げた。
「リィ、ミィ、クゥは本当に勇者殿になついていますね」
「……リィ……?」
「仔猫達の名前です。いつまでも名無しでは困るでしょう、とマリース様が名付けてくださいました」
「いたずらっ子で気が強いのがリィちゃん。大人しいけどしっかり者なのがミィちゃん。のんびり屋でよく寝てよく食べるこの子はクゥちゃんだよ」
マリースさんが屈んで私が抱える猫達を撫でながら教えてくれた。
「リィには赤、ミィには緑、クゥには黄色のピアスを左耳に着けているので、見た目でもすぐわかりますよ」
「なるほど。ピアスならうっかり取れる心配は少ないから、いいですね」
ヨシュアさんが感心したように頷く。
「そういうわけで、勇者殿……」
ジークさんがニコリと爽やかに笑う。
「魔法研究所研究員のジーク・コスナーとしてもよろしくお願いします」
ジークさんの素顔は、ものすごく私のタイプで、見ているだけでドキドキしてしまう。
私が真っ赤になってコクコク頷いているのを、マリースさんとイーサさんは笑顔で見ていて、アーティは何故かむすっとしていて、ヨシュアさんとミリアさんはそんな珍しい様子のアーティに驚くと同時に首を傾げるのだった。
──山の朝は爽やかだ。朝露に濡れた木々が朝日を反射してキラキラと輝き、清涼な空気に包まれている。
起きてからしばらくは清々しい気分だったのに……。
「ふふふ……可愛い仔猫ちゃん、お名前を教えてくれないかい?」
「ミャア」
「そう、ミィっていうんだ。可愛い名前だね。僕のことは、マオって呼んで」
ハクと仔猫達と一緒に朝の散歩に出かけたが、ちょっと目を離した隙にリィとミィがどこかへ行ってしまった。ちなみにクゥは私の腕の中で爆睡中だ。リィはすぐに確保できたが、ミィが近くには見当たらず、途中私を探しに来たアーティと合流し、ハクの鼻でミィを追った。
そして、遭遇したのがこの光景──薔薇でも背負ってそうなキラキラ美少年が、きょとんとしているミィの前に屈み、デレデレの笑顔で話しかけていた。私と同年代だろうその少年は、どう見ても山登りに来た一般人ではなかった。サザール王宮でもよく見かける貴族の正装で、蛇柄のストールまで巻いて、いかにもセレブといった感じだ。
「あ、そうだ。ジュリア、君も挨拶して」
少年がストールに向かって言うと、それは動いた。……違う。ストールじゃない。あれは……。
「うふふっ。ジュリアは今日も素敵だね!可愛い猫くんを前に興奮しちゃって……」
「ぎ……ぃやあああぁ!!」
蛇だ。本物の生きた蛇が少年の首に巻き付いたまま、大きく開いた口をミィに向けている。
私は悲鳴を上げて倒れそうになるが、アーティに肩を抱かれてなんとか意識を失わずに済んだ。その間に駆け出したハクが、ミィを口に加えて少年と蛇から距離をとった。
一瞬、突然の出来事にぽかんとしてハクを見ていた少年は、立ち上がるとキラキラの笑みを浮かべる。
「白銀の狼!なんて美しい!!」
少年の眩しい笑顔に、ハクはたじろいでいる。
彼が何者なのか、何故ここにいるのかはわからないが、これだけは言える。
……変人だ。変人が増えたのだ、と。




