新たな仲間?
たったらーん
勇者はイーサ・ゼノスを手に入れた!
「変なナレーションを入れないでください、覆面Aさん!!」
私がツッコミをいれると、背後の木の陰から、怪しい覆面の男が姿を現した。
「ダンとお呼びください。皆様のサポートと影ナレを担当します」
「サポート役兼連絡係のカルヴァでっす。マスターと殿下にイーサ様のことお伝えしてきますね」
「あっ……ちょっと待ってください!」
穴から救出されたイーサさんが、木の上から顔を出した別の覆面さんを慌てて引き止めた。イーサさんの格好は、ボロボロでドロドロに汚れているが、大した怪我はないようだ。長ズボンに外套、大きなリュックに杖、と完璧な登山スタイルだ。
「セイちゃん……殿下への報告はしないでほしいです。出来れば、コンちゃんさんにも……」
「……まさかイーサちゃん、黙って一人でここまで来たの?」
マリースさんがぎょっと驚いて訊ねると、イーサさんはこくりと頷いた。それにヨシュアさんとミリアさんは青ざめた。
「なっ……何ですって!?」
「セイヤ様に一言も告げず、こんなところに!?」
「セイちゃん、忙しそうだったし……あ。念のため、置き手紙はしてきたよ」
ぽんっと手を叩いてイーサさんは笑顔を見せるが、私はそれでは済まないと思う。大事な婚約者が、しかも正式に婚約発表をした後に一人で出かけるなんて、あのセイヤ様が許すわけない。あの嵐のような大荒れぶりを思い出して、私は身を震わした。ヨシュアさん達も同じ考えのようで、頭を抱えている。アーティだけはけろりとしているが。
「何でまたこんなところに?」
「ここら辺は薬の材料が豊富なの。花嫁修業の息抜きに薬を作ろうかなと思ったんだけど、材料を切らしちゃってて……町で買っても良かったんだけど、運動不足解消とあわよくば新しい材料が見つかるかなと思って、ここまで来ちゃった」
「あなたはもうすぐ皇太子妃なんですよ!自覚してください!」
申し訳なさそうだが笑顔で言うイーサさんに、ヨシュアさんは切実に訴える。すると、イーサさんはしゅんっと項垂れた。
「……ごめんなさい」
「ヨシュア、そこまで言うことないでしょう?ゼノス医師は皇太子妃の前に医者なんだから、薬の研究をしたくなってもおかしくないわ」
「そういう問題じゃないだろ!お前はセイヤ様の雷を喰らってもいいのか!?」
「それはイヤ!」
アーティ以外の部下さん達は大変だ……。
「本当にごめんなさい。すぐに帰るから、セイちゃん達に連絡しないでください」
「あ、無理っす。すんません。マスターにはもうお伝えしました」
「僕もセイヤ様に連絡済でーす。というか、今も通信してまーす」
イーサさんの懇願虚しく、優秀な部下達──カルヴァさんとアーティは、速やかに上司に報告してしまっていた。
そして、アーティは別にしなくてもいいのに、持っていた手鏡をこちらに向けて、大荒れだろうセイヤ様とご対面させてくれた。
『すまないな、トーコ。イーサが迷惑をかけているようで』
どんな恐怖が待っているのだろうと身構えていたが、意外にも、セイヤ様はごく普通……平常のままだった。
「い……いえっ!迷惑なんて、全然!アーティ達が穴から出しただけなので」
『タイラー。迎えを出すから、イーサを町まで送ってやってくれ』
「は……はい!」
ヨシュアさんもセイヤ様の反応が予想外だったらしく、驚きで少し声が上擦ってしまっていた。
「迎えに来るんだったら、ゆっくりでいいよ。薬の材料を取ってから町まで送るから」
妙に平然としていて不気味なセイヤ様の前に、マリースさんが笑顔で出る。すると、動揺も怒りも見られなかったセイヤ様が、ぴくりと眉を動かした。
「せっかくここまで来たんだから、ね?いっぱい材料を取って帰れば、イーサちゃんもしばらくは出かけなくてもいいでしょ?」
「う……うん。薬作りでストレス発散できるし」
「良い案ですね、姉さん。そんなわけで、セイヤ様。医師はしっかり護衛しますから、安心してください」
レイノルド姉弟が畳み掛けるように要求するのを、周囲は固唾を呑んで見守った。……セイヤ様の答えは雷か?無茶ぶりか?
『……良いだろう』
しばらく考えたセイヤ様は、意外にも要求を了承した。ヨシュアさん達にとっては驚愕の出来事だ。
『アーティ、タイラー、ティボルト。トーコと合わせてで悪いが、イーサを頼んだぞ』
「はい!」
動揺しながらも、さすが軍人。上司の指示に、アーティ達は姿勢を正して返事をした。
「ありがとう!あと……ごめんね、セイちゃん」
『イーサ……』
鏡の前に出てきたイーサさんに、セイヤ様はふっと目を細める。
『後で覚えとけ』
語尾にハートか音符でも付いていそうな弾んだ声なのに……とっても爽やかな笑顔なのに……ものすごく怖い。
やっぱりセイヤ様はお怒りだった。そして、今回は誰かに八つ当たりしない代わりに、イーサさんに直接お仕置きするようだ。……もしかしたら、今現在セイヤ様の近くにいる人は雷を喰らっているかもしれないが。イーサさんへのお仕置きは、きっと大分優しいものだろう。
「ティボルト、死ぬ気で警護するぞ」
「もちろんよ」
私はイーサさん本人より、セイヤ様の言動に精神をすり減らしているヨシュアさんとミリアさん、その他大勢の部下の方々に心から同情した(平然としているアーティを除く)。
たったらーん
イーサ・ゼノスが勇者一行に加わった!
「だから、変なナレーションを入れないでくださいって!!」




