喜劇の開幕
「フローラ王女はこの魔王が貰い受ける!ふははは!」
「あ~れ~!助けて、勇者様~!」
町に観光へ訪れていた勇者と王女一行を魔王が襲う。魔王は王女を抱えると、巨大な蝙蝠に乗って飛び去ろうとする。
「待ちなさい!」
そうはさせまいと、勇者と剣士が剣を構えて魔王に向かうが、その前に魔王の部下が立ちはだかる。
「魔王様、ここは私に任せて城にお戻りください」
「さすが私の部下だ。頼んだぞ」
勇者達が魔王の部下に気を取られている間に、魔王を乗せた蝙蝠は飛び立ってしまった。
魔王の逃走を許してしまった勇者達は、力を合わせて部下を倒し、魔王の居場所を聞き出した。
「魔王様は北西の山……魔王城にいる!」
そう言った部下の体からは黒い煙が吹き出し、辺りを覆った。煙が完全に消えた頃には、部下は跡形もなく無くなっていた。
「北西の山、か……」
「行きましょう、勇者様!」
こうして、勇者達の冒険が始まった──
……という寸劇を、町中でやらかしてきた。
もうあの町には行きたくない。恥ずかしすぎる。
「わかった、もういい。ミノルは諜報員に任せて、彼抜きで勇者作戦を実行するぞ」
頭を抱えたセイヤ様が投げやりに指示を出したのは、昨日のことだ。
稔くんの居場所ははっきりとはわからなかったが、諜報員から王へ異世界人を保護し、諜報活動に協力してもらうことになったと連絡があったそうだ。王がそれを認めたので、セイヤ様もやむを得ずそれに従ったのだ。
「勇者の活動を国民に見せる前で良かった。異世界人が二人いることは、まだ一部の者しか知らないからな」
「さっそく、台本を一人勇者用で作りましたので、覚えてくださいねぇ」
溜め息を吐く兄とは対照的に、フローラ王女はうきうきご機嫌だ。
「別に私は勇者が一人でも二人でもかまわないんです。コンちゃん大魔王のお芝居ができれば」
まだ幼い王女にとっては、政よりお芝居を楽しくできるかが重要なのだ。
そんなこんなで第一幕を終えた勇者一行は、魔王を追って北西の山を目指していた。
「山には急ごしらえだけど、ちゃんとお城があるよ」
「覆面さん達の汗と涙と、一部幻影の結晶だよ」
森の中を歩きながらレイノルド姉弟が教えてくれた。軽い感じで言われているが、部下の人達は本当に大変だっただろう。……無茶ぶりする上司がいる社会人って辛いんだなぁ。
「そういえば、今はマリースさんの役割って何なんですか?」
「ん?特にないよ?ただついて来てるだけ。久しぶりにお出かけしたかったから」
なかなか家に帰れない宰相と帰らない弟の代わりにレイノルド家の留守をしていたマリースさんは、ようやく長期出張からユーリさん達が帰って来て、外出がしたくてしょうがなかったそうだ。
「近場ならちょくちょく出かけてたけど、遠出は久しぶり」
「マリースさんは外出が好きなんですね」
「うん、お散歩とかピクニックとか大好き。前は、セイヤくんやイーサちゃん達とよく一緒にピクニックに行ってたの。イーサちゃんったらおっちょこちょいで、よく獣用の罠に引っ掛かって……」
「誰かー!助けてくださーい!」
その時、どこからか助けを求める声が聞こえてくる。しかし、周りは木々が鬱蒼と生い茂り、人影は見えない。
「気のせいでしょうか、マリースさん。ゼノス医師の声がします」
「……噂をすればなんとやら?」
ミリアさんが冷静に言うと、マリースさんは笑顔をひきつらせた。アーティとヨシュアさんが道を逸れ、草木を掻き分けると地面にぽっかり開いた穴を見つけた。
「姉さーん。医師、いたよー」
アーティが穴を覗き込みながら言うと、マリースさんは彼の元へ駆け寄った。
「イーサちゃん!?」
「マリースぅ……助けてぇ」
──サザール王宮の医師で皇太子の婚約者のイーサさんは、何故か山中の獣用の罠と思われる穴に落ちていたのだった。




