まともじゃない方が多い気がする
件の勇者作戦は、(常識を持った)大人を呼ぼうとしたが、皆忙しそうでなかなか捕まらず、呼びかけに応じてくれたのは女王とマリースさんだけだった。……女王に関しては、こちらの方が楽しそうだ、と仕事を誰かに押し付けてきたようだが。
「そこまで凝ったものにしなくても良い。町を出すとしても、既存の町で、町民達も演者ではなく、そこで生活している町民にしろ。一般人に勇者の活躍を印象づけるのが目的だしな」
「魔物についていろいろ考えるのは楽しそうだけど、作る人のことを考えないと。人形にしても幻術にしても、複雑にすればするほど、負担をかけてしまうからね」
最凶女王様と天然お嬢様は、意外なことにまともな指摘をしてくれた。
さすがの王女とアーティも、祖母や姉には逆らえず、大人しく従ってくれた。
そうして決まった出演者を紹介とコメントです。
ダブル勇者──藤田桃子&杉山稔。
「トーコちゃん、勇者の格好しないの?」
「イヤ、ゼッタイ」
魔法使い──アティール・キース・レイノルド。
「変な格好しないでくださいよ?」
「え?でも、桃子の世界の魔法使いはあの格好なんでしょ?」
「ちがっ……わないのかな?」
魔法剣士──ヨシュア・タイラー。
「何で私まで仮装を……」
「心中お察しします」
踊り子──ミリア・ティボルト。
「何、私の役!?魔王討伐に何で踊り子なの!?」
「すみません、私達の世界のゲームでお約束なんです」
マスコット──ハク&ロン
「“マスコット”って何だ?」
「癒し的存在ってことだよ」
「……俺に拒否権はないよな。うん、わかってた」
捕らわれの姫──フローラ。
「わくわくしますね!早くやりたいですぅ」
「遊びじゃないですからね……一応」
魔王──コンラート・ザイール。
「ソウマに魔王のお面を作ってもらったんだけど、どうかな?」
「……魔王というより野獣っぽいですけど……ばれなければいいんじゃないんですか?」
魔王の腹心──ジーク・コスナー&ソウマ。
「勇者殿……ツッコミが投げやりになっていませんか?」
「お疲れのようですが……お茶を煎れてきましたので、よろしければどうぞ」
「お気遣いありがとうございます」
魔物──三匹の仔猫。
「また魔法失敗しないでね?」
「ソウマがサポートしますので、大丈夫ですよ」
その他、裏方やらさくらやら──覆面の皆さん&マリース・レイノルド。
「マスターのご指名とは言え……ジークばかりずるいぞ!」
「ちょっと特殊な結界張れるからって、いつもマスターの側付きなんて、羨ましい!」
「表向きも魔法研究所の研究員でエリートだからって、調子乗んなよ!」
「……あんまり貶せてませんよ、皆さん?」
「みんな、コンラートさんが大好きなんだねぇ」
「マリース嬢。あなたも是非、私のことは“コンちゃん”と……」
「姉さんに近づくな、幼女趣味」
アーティが無表情のまま、どこからか出した剣の切っ先をコンラートさんの首もとに突きつける。
すかさず覆面達が取り囲み、アーティを取り押さえようとするが、コンラートさんが手で合図して制した。そのまま手の甲で突きつけられている剣を払う。アーティが本気でなかったようで、あっさりそれは動いた。
「聞き捨てならないね。なぜ、私が幼女趣味なんだ?」
「桃子をたらしこもうとしたでしょ。フローラ様は懐いて妙な呼び方をさせられているし」
「失礼な。私は、健気でかわいらしい青少年が好きなんだよ。それがたまたま、年端のいかない少女が多いだけ……」
「アウトォォ!!」
私はそれ以上喋らせてはいけないと思い、叫んだ。
コンラートさん……ちょっとおちゃめすぎるけど、割とまともな人だと思ったのに……──
アーティによってコンラートさんから引き離されながら、私は彼の思わぬ嗜好にドン引きした。
ヨシュアさんも軽蔑の目でコンラートさんを見ながらミリアさんを背中で隠し、マリースさんは笑顔のままさりげなく距離をとっていた。
「おや?何で避けられたのかな?」
「コンちゃんさんの言い方が悪いんですよ。ただでさえ見た目で損をされているのにぃ」
首を傾げるコンラートさんにフローラ王女は「もうっ」と頬を膨らます。ソウマはおろおろとしていて、覆面達は頭を抱えている。
彼らの様子から、どうやら真性の変態でないのかもしれないが、それでも私の中でコンラートさんはそういった意味の危険人物に認定された。
「しかし、二人の勇者か……まるで、サザールの創世記のようだな」
それまで噴き出すのを堪えながら傍観していたセリーヌ女王が、話題を替えようと切り出した。
「創世記?」
「なんだ?読んでないのか?」
女王は「仕方がないな」と溜め息を吐いて、どこからか一冊の本を取り出した。……いや、ほんと。どこから取り出したんですか?
女王はマジックのように、パッと現れたその本を私に差し出す。
「サザールの歴史書だ。ここに二人の勇者と聖女のことが書いてある。紛争や魔物の襲撃で荒れていたこの地を救ったのが勇者と呼ばれた兄弟……後のサザール初代国王とレイノルド家初代当主だ。そして、彼らの妹は聖女と呼ばれ、神の言葉を聞いて、人々を導いたそうだ。彼女だけはあまり記録がないが、勇者達のものは多く残っているぞ。勇者の先輩のことだ。読んでおけ」
たしかに、参考になるかもしれないと興味を引かれた私は、素直に本を受け取った。
「なあ、トーコ」
「どうしたの、ハク?」
「ミノルが部屋を出たまま戻って来ないぞ?」
振り向いた私に、ハクは衝撃の発言をした。
妙に大人しいと思ったら、幼馴染みはいつの間にかいなくなっていたのだ。
「先程お手洗いに行きたいとおっしゃられたので、案内しました。先に戻らせていただきましたが、廊下の突き当たりで、真っ直ぐ行くだけなので、迷うはずがありませんよ」
青ざめる私に、覆面の一人が親切に声をかけてくれるが、私は首を左右に振った。
「いえ……それでも彼は迷うんです」
穣くんは一人で出歩くと、隣の家の私を訪ねるのに町内を一周してようやく辿り着いたり、徒歩5分の学校に行くのに二駅先の町に行って誰かに迎えに来て貰ったりする程の方向音痴なのだ。穣くんの兄貴分のうちのお兄ちゃんはいつも頭を抱えていた。
杉山穣……彼を表現する言葉は、異世界の変人のメル友。ゲーマー。空手のジュニアチャンピオン。そして、近所でも評判の“あり得ない方向音痴”である。




