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大人の思惑、子どものお遊び

前皇太子死去の後、外交官はそれまでよりも慌ただしく諸外国を回っていた。それまで交流のあった国には挨拶を、交流がなかった国にも弱味につけこまれないよう手を回す必要があったからだ。

次期宰相のユーリ・レイノルドは、その中でも特に重要視される国を回り、出国から二ヶ月、ようやく帰国してこれたのだ。

「良い知らせとあんまり良くない知らせがあります。どっちから聞きたいですか?」

王宮に到着してすぐ拝謁した国王を前に、ユーリは挨拶もそこそこに早速切り出した。その場にいるのは国王夫妻に宰相夫妻、自身の妻と警備中の兵士数名。いくら身内と護衛しかいないとはいえ、国王相手に随分軽い調子だ。寡黙で厳格な父と穏やかな母の元に生まれながら、叔母・セリーヌに懐いていたユーリは、実の息子達より女王に似ていた……主に性格が。そのため、叔母同様、正式な場以外では位は関係ないと思っている。もちろん、親しい者に限るが。

「どっちでもいいから、早く報告しろ」

幼い頃から変わらぬ甥に溜め息を吐きながら、国王・モンタギュラスは先を促した。

「はいはーい。それじゃあ、良い知らせから。セジュ国との交渉は上手くいきました。近々、あちらの使節団がこちらを訪問する予定です」

セジュはサザールの西側、海を隔てた向こうにある。その歴史は近隣諸国で最も浅いが、革命的な技術を次々と世へ送り出す、今最も勢いのある国だ。これまでは然程親交してこなかったが、前皇太子死去の際に弔意の品を送ってもらった礼と、この機会に親交を深めようという意味で今回の訪問となったのだ。

「ちょっと変わった王子様が相手だったから、話が長引いちゃいましたけど」

「ご苦労だったな」

「で、あんまり良くない知らせです」

ユーリのそれまでの飄々とした表情は成りを潜め、すっと神妙な面持ちになる。

「リキュア様……前皇太子妃が行方不明になりました」

亡き皇太子の妻、リキュアはヤタカ国の王女だ。元々丈夫な身体ではなかったが、夫の死という精神的ショックにより体調を崩し、静養のため実家に帰省しているのだ。息子の継承式までには戻るとのことになっていたが……。

「ヤタカとセジュは隣国なので、帰り道にお迎えに伺ったのですが……リキュア様が療養中のはずのお屋敷は、もぬけの殻でした。まあ、おそらく例の件で動き出されたんだと思います」

思い当たる節があるのか、ユーリは自身の予想を報告を付け加えて頭を垂れた。

「手紙や通信で誰かに漏れるとまずい内容だったので、直接お伝えした方が良いと思いました。報告が遅れ、申し訳ありません」

皇太子死去直後に、王子でもある将軍の反乱騒動、更に皇太子妃が行方不明……確かに、表沙汰にしたくない内容だ。モンタギュラスが思わず長い溜め息を吐くと、すかさずセリーヌに背中を叩かれ、「幸せが逃げる」と叱咤される。

「こんな時に、あの娘は……せめて相談してから動けばいいものを……」

「リキュアのことだから、何か考えがあるのだろう」

セリーヌはフッと不敵な笑みを見せる。

「デイビスが亡くなってヤタカに向かう時、あの娘が言っていた」



──デイビス様の意思を継ぎ、セイヤを立派な王にします。そのためなら、私は何でもしてみせましょう。



「母というものは、お前達が思っているよりずっと強いものだ」

セリーヌの言葉に母達──タリスはニコニコと笑みを浮かべ、ディアンナは凛とした表情のまま頷くのだった。






「やっぱり魔物と言ったら、目がたくさんあって、鋭い牙を持ってて……」

「角付けますか?」

「あ!良いですね!」

「背中に蝙蝠の羽を付けたら迫力がありますよ」

「素敵ですぅ」

病的なまでに色白で不気味な笑みを浮かべる美少女に、淡々とした無表情で恐ろしい化け物を描く美少年、顔の半分が火傷の痕に覆われた大男が楽しそうに会話している様子は、端から見るとものすごく怪しい。何故、自分はその輪の中心にいるのだろう?

私はは現実逃避したくなるが、これは一応、勇者作戦のための会議だから、逃げる訳にはいかない。この人達に丸投げしたら、何をさせられるかわからないからだ。

ちなみに、この場にいるのは怪しい三人の他、稔くんとヨシュアさんに、ハクとロンだ。セイヤ様と将軍はお仕事へ、ミリアさんは護衛に行ってしまった。常識人が抜けたのは痛手だが、ヨシュアさんだけでも残ってくれて良かった。

「はいはーい!勇者の武器もかっこよくしてください!伝説の聖剣みたいなやつ!」

「呪われた装備品なら、サウラの洞窟にあるぞ」

「敵役なら、化け物みたいに強くて、悪魔みたいに鬼畜な魔法使いを……すんません、何でもありません」

ゲーマーの中学二年生と純粋なワンコ、服従の魔法をかけられた鳥では、王女達を止められない。むしろ、増長させてしまう。いつものヨシュアさんなら、ここで叱って止めてくれるはずだ。

「レイノルド……遊んでないで真面目にやれ」

ヨシュアさんは苦い顔で、アーティにだけ注意した。

……私の考えが甘かった。アーティみたいな性格と立場ならともかく、一軍人がそう容易く王女を叱れるはずがないのだ。

そうなると、この世界の身分に当てはまらない、一応国賓の私が踏ん張らねば……!

「そうですわ!魔物に蝙蝠の羽を付けるなら、対抗して勇者様には白い翼を付けましょう!」

「それじゃ勇者じゃなくて、天使です!衣装は前と同じかシンプルなものでお願いします!」

「可愛いと思うぞ?天使のトーコ」

「……ありがとうね、ハク。でも、今はそういう問題じゃないから」

「魔王の城には、私の部下を配置します。魔王の部下ですから、衣装は悪魔や堕天使、ヴァンパイアを意識したものにしましょう」

「覆面さん達まで巻き込むんですか……というか、この世界もヴァンパイアとかいるんですね?」

この世界のおとぎ話について聞いたことはなかったが、まさかそこまで自分の世界と似ているとは思わなかった。話題に上がる今回の舞台設定も、まるであちらの世界にあるロールプレイングゲームみたいな………。

「アティールお兄様、他には?他に何を出せば、異世界のゲームっぽくなりますか?」

「そうですね……始まりの町とか用意してみます?」

「あっくん、教会も出そう!勇者を蘇生させて、神父に『おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない』って言わせて……」

「やっぱりあなたですか!!」

私はスカートから取り出したハリセンをアーティに叩きつける。

……稔くんには後で、アーティに余計なことを吹き込まないよう注意しよう。このままでは、リアルロールプレイングゲームをさせられてしまう。


こうして遊びまくる人達にツッコミを入れながら、第一回勇者作戦会議はまとまらず、アイディアを出すだけで幕を閉じた。

「次回はちゃんとした人を会議に加えよう!」と私とヨシュアさんは誓ったのだった。


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