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続々登場

通話を終えた私は、サウラに向き直る。先程までアーティと一触即発だったサウラはニヤニヤ笑い、アーティはいつもの表情に戻っていた。二人とも、私と兄の会話を聞いて、毒気が抜かれたようだ。こっちは稔くんのせいで恥ずかしくていたたまれない。

「えっと……急に押しかけてすみませんでした!アーティ、稔くん、帰りましょう」

「ちょっと待て」

あまり長居するのも迷惑だろうと思い、私が二人を促して足早に去ろうとすると、後ろから声をかけられる。サウラは立ち止まった稔くんに歩み寄り、視線を上下させて彼をじっくり眺めた。

「異世界から来た少年。お前は、体を鍛えてるだろう?」

「え……はい」

サウラの問いかけに、稔くんは驚きながら肯定した。

私も驚くと同時に、さすが神様だと感心した。たしかに、稔くんは幼少から空手をやっていて、全国大会で優勝する程の腕前なのだ。

「じゃあ、そっちの自衛力のない少女のように護りの石は必要ないな」

サウラの言葉が胸に刺さる。

……自衛力がなくてすみません。各方面にはご迷惑をおかけしております。

「護りの石の代わりに、これをやる。ついでにお前もこっちに来い」

サウラは私を手招きして傍に立たせると、私と稔くんの頭の上に手を置いた。すると、サウラが触れた部分から温かい光が灯る。光は一瞬で消え、それと同時にサウラは手を離した。

「はい、おしまい」

「……何をしたんですか?」

私は妙な感じのする頭頂部を擦りながら尋ねる。温かくてむず痒いような……。

「この国の言葉はわかっても、読み書きには不便しているんだろ?だから、私の知識を少しだけ分けてやった。これで、トラブルも多少回避できるだろう。後は自分たちでどうにかするんだな」

サウラはそう言うとヘルゼのところへ戻り、寝そべって寛ぎだした。

「あ……ありがとうございます!」

ハクが言った通り、なんだかんだサウラは優しい神様だ。私がお礼を言えば、サウラはニッと悪戯っぽい笑みを浮かべ、ひらひらと手を振った。

「まあ、頑張れ。早く帰れるといいな」



サウラの洞窟を後にし、私達は西の町まで戻ってきた。以前、操られた猫の被害を受けた建物はまだ修理中だが、大分落ち着きを取り戻している。

「ハク……いいの?また私達についてきて……」

「乗り掛かった船だ。トーコが無事に帰れるまで付き合うぞ!」

私が隣を歩くハクに尋ねると、彼は尻尾を振って答えた。たまたま洞窟で会っただけだと言うのに、ハクはずっと私を気にかけ、妙な騒動になっても付き合ってくれている。本当はサウラの洞窟で静かに暮らしていたいのに……。優しくて、かわいい狼だ。

「俺は本当は付き合いたくないけどな」

その背に乗った鳥はふてくされているが……。

アーティが無理矢理従者にしたロンは、まだ解放されていない。ロンは有能なので、従わせてしまっている私達としては助かるが、申し訳ない。

「アーティ。ロンはいつまで服従の魔法をかけておくんですか?」

「どうしようね?」

「聞き返されても……」

小首を傾げるアーティに、私は溜め息を吐いた。当分、解放する気はないようだ。


「いい加減にしなさい!」


その時、女性の怒鳴り声が聞こえて前方に目をやると、喫茶店のテラス席で、女性と男性数名が揉めているようだった。

「連れがいるって言ってるでしょう!」

「その連れとやらは全然来ないじゃねぇか」

「そんな見え透いた嘘つかなくてもいいって」

「俺達と遊ぼうぜ」

「あいつは私を待たせるのが好きなんです!」

どうやら、軽薄な感じの男性三人で、一人の女性をナンパしているようだ。女性は鮮やかな赤髪をポニーテールにして、意志の強そうなサファイア色のつり目をした勝ち気そうな美女だ。二十代から三十代くらいだろう。モスグリーンのロングドレスに、クリーム色の日傘をさしていて、どこかの貴婦人に見える。

みんな騒動にびっくりして遠巻きに見ているが、助けに入るべきだろう。

「俺が行くよ」

前に出かけた私を稔くんが制する。口くらいしか武器がないのに、私がつい動いてしまうと、いつもこの強い幼なじみがかばってくれるのだ。私が勝手に動いたのにとか、自分の方が年上なのにとかいろいろ情けなくなるが、実際何度も助けられてしまっている。

しかし、そんな幼なじみの出番は、いつの間にか騒動に歩み寄っていた一人の男性によってなくなってしまった。

女性と同年代くらいの男性は、一番近くにいたナンパ男の背後に立つと、突然足を払って地面に転がした。

「なっ……何してんだ!?」

転ばされた仲間を見たナンパ男の一人が、男性に掴みかかる。男性はその手を掴むと、男の足の間に入れた自分の足を引っかけてバランスを崩させた。


「あーイライラする……ただでさえ足止め食らって虫の居所悪いのに、人の嫁にからんでんじゃねぇよ!」


色素は薄いがさらさらの赤みがかった茶髪、エメラルドの瞳は今は不機嫌を表すように細められ、舌打ちをしながら倒した相手を見下ろしていた。顔が整っているだけに、怖い。それに、その表情は誰かがキレた時のものに似ている。そっくりというわけではないが、雰囲気とか、髪や目の色等部分的に似ているような気がする。

私はチラリと隣に立つ人物……アーティに目をやる。彼は平然とした顔で騒動を見ている。やっぱり気のせいなのだろうか?

「ふざけやがって……!」

最後に立っていたナンパ男は、拳を振り上げて男性へ向かっていった。男性はヒラリとそれを避けると、長い足を男に引っかけ、ナンパ男達全員をその場に転がした。地面に転がるナンパ男達をわざと踏みつけながら女性の元へ歩み寄った男性は、不機嫌な顔のまま怒鳴った。

「お前もナンパされてんな!」

「私にキレるな!」

女性がもっともなことを言い返し、ナンパに継ぐ新たな騒動が始まるかに思われたその時、また別の人物が二人に近づいていった。


「ユーリくん。ディアンナちゃんにもっと優しくしなきゃダメでしょ?ユーリくんの奥さんなんだから」


そう言ってふわりと笑って二人に歩み寄ったのは、四、五十代であろうご婦人だ。

「“僕の嫁”だから、どう扱ってもいいの」

「人をもの扱いするな!」

私は夫婦であろう男性と女性のやり取りに、女性とすごく気が合いそうだと思った。

……いや、それよりもさっきやって来たご婦人の容姿が気になって仕方ない。


年齢のせいか少し薄い金の髪、相反して、ゆったりした濃紺のドレスでもわかるくらい豊かな胸は若々しい。白色の日傘をさし、同じいろの手袋をはめ、日焼け予防は完璧だ。目尻が下がり、穏やかさそうな印象で、癒し系の笑顔はあの人を思い出す。

というか、瞳の色がスカイブルーである以外、そのままマリースさんが年を重ねた感じだ。


アーティにどことなく似た男性に、マリースさんそっくりのご婦人──


……関係者だ。絶対、レイノルドの関係者だ!


そう思ってアーティと騒動の中の人達を見比べていると、「ああ」私の様子に気づいたアーティはさらりと言った。


「そうだよ。あれ、僕の両親とお祖母様」



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