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また会いましょう

王子が見つけた本の魔法ですぐにでも帰れることになったが、セイヤ王子が皇太子となり、その継承と同時に発表される婚約のお披露目パーティが明後日に執り行われるということで、私もそれに出席することになってしまった。

「以前のパーティがあんなことになってしまったからな。お前への感謝と送別の意味も込めたパーティだ……もちろん参加するよな?」

と、王子に笑顔で誘われたのだ。

語尾は疑問符なのに、命令にしか聞こえません、王子様……。


継承式までの間、周りの人達は終始忙しそうだった。アーティもまた王宮に泊まり込んでいたので、私はレイノルド邸でマリースさんや動物達とのんびりさせてもらった。

そんな中、何故かレイノルド邸にお茶をしに来たヨハンネさんからもらった情報によると、コンラートさんの部下達の処遇が決まったそうだ。コンラートさん同様罰は与えないが、彼らは皆優秀な人材ながら、正式な軍人もいれば、個人的にコンラートさんを慕って従う一般人もいる。そのため、これまで通り一般人のままでも良し、望むならば、優先的に軍や王宮に登用するということになった。ただし、幼い子どもで服従の魔法を使えるソウマは、魔物の件もあるので、魔法研究所預かりになった。元々孤児であるソウマは、一般人のコンラートさんの部下の家に引き取られていたが、今後は魔物研究所の施設で生活することになる。

そして、そんなソウマと同様、仔猫達も魔法研究所に行くことになった。まだまだ魔法が上手くコントロールできないので、そこで教育を受けさせるのだ。これで近隣の畑を荒らしたり、魔法に失敗して元の姿に戻れなくなるということはなくなるだろう。

ついでに、ハクとロンがこの後どうするのか尋ねてみた。

「トーコを見送ったら、サウラの洞窟に戻るぞ」

「このまま家にいてくれていいんだよ?」

「王宮の番犬なんてどうっすか?」

マリースさんやヨハンネさんの誘いにも、ハクは応じなかった。

「俺の家はあの洞窟だ。サウラもトーコのことを気にしてたし、無事に帰ったって早く伝えないと」

「俺も帰りたい……」

ぼそりと呟いたロンに目をやると、重い空気を纏って項垂れていた。私はその額の刻印を見て、自分の失言に気づいた。

「俺はあの悪魔に解放されない限り、どうにもできねえよ」

アーティに服従の魔法をかけられたロンは、主の命に逆らえないのだ。ロンは機動力があるので、こう言ってはなんだが、非常に便利だ。

「……一応、アーティにお願いしてみるね」

そんな彼だから、なかなか解放してもらえないかもしれないが、私は慰めの意味も込めて言っておいた。




そして、式当日――


継承式には、セイヤ王子が皇太子になることを阻止しようとしていた将軍も、コンラートさんと並んで出席していた。将軍が入場した瞬間、会場中がどよめいた。彼らの視線は頭部に集中していて、将軍は大分居心地悪そうだった。

式は滞りなく行われ、新たな皇太子誕生に国中が湧いた。


その後、お祝いのパーティが開かれ、王子改め皇太子とイーサさんの婚約が正式に発表された。

一応私ももう一人の主役とされているが、皆、新たな皇太子と未来の皇太子妃の方に気が向いていて、私はたやすくバルコニーへ脱出することができた。

今日も強制的に女王に着付けられ、パーティが始まる前から疲弊していた私は手摺にもたれ掛かって一息吐く。


「こぉら。また一人でこんなところにいて、拐われちゃっても知らないよ?」


いつの間にやって来たのか、アーティの顔が目の前に現れた。私が驚いて後ろに飛び退くと、アーティは覗きこんでいた体勢を戻してこちらを向いた。

「ねえ、桃子。明日には本にあった魔法で君を元の世界に帰すわけだけど……」

珍しく真面目な表情で切り出したアーティは、私の右手を両手で包んだ。

「このまま、この世界に……僕の傍にいてくれない?」

手を目の前まで持ち上げ、真剣に言うアーティに、私は思わずドキリとしてしまうが、魂胆はわかっている。

「……異世界の研究は他でしてください」

「え~?」

「え~?じゃない!」

この変人魔法使いは、隙あらば私を引き留めようとしてくる。それは、“私”にいてほしいのではなく、“異世界人”にいてほしいのだ。

「じゃあ、異世界研究は他でするから、ここにいて?」

「……え?」

アーティの思わぬ言葉に私は戸惑った。というか、今のは本当にアーティが言ったのか?

「桃子は大切な……もう、身内みたいな人だから、このままお別れは、正直寂しい」

アーティがいつもの何を考えているかわからない顔で言うので、私は余計にどう反応したらいいのかわからない。

「だって……この世界に来たのは突然だったし……そもそも!あなたが異世界に行こうとしたのが原因でしょう!」

そう、私がこの世界に来たのは、この魔法使いのミスなのだ。

最初は、ただただ帰りたくて必死だった。しかし、いろんな人達と出会っていく内に、いつの間にか、この世界に愛着が湧いている。アーティも、何かあったらすぐ思い浮かぶような身近な存在になっていた。

「……だから、ちゃんと魔法を成功させて、あなたがあっちの世界へ会いに来てください!」

アーティは一瞬きょとんとした後、いつかの夢の時のような優しい笑みを浮かべた。

「それもそうだね」

自分の発言も恥ずかしいし、アーティの笑顔にドキドキしてしまうしで、私の顔は茹でダコみたいに赤くなるのだった。



翌日、私は魔法研究所に連れてこられた。案内された部屋の中央には、私を元の世界に帰すための魔方陣が描かれていた。

こちらの世界に来て二週間は経っている……稔くんが周囲にどう説明しているのか、気が気でなかったが、ようやく帰れる。

「トーコちゃん……元気でね」

見送りに来てくれたマリースさんが私をぎゅっと抱き締めた。マリースさんの方が頭一つ分くらい背が高いので、私の顔はちょうど胸に埋もれてしまう。……苦しいし、羨ましい。

見送りには、ハクやロン、仔猫達の他、いろいろ忙しいだろう皇太子もヨシュアさん、ミリアさんを伴って来てくれた。更には、将軍とコンラートさん、ソウマに覆面集団までやって来た。いい加減、覆面は取ってほしいものだが、任務中は外さない決まりだからと断られた。……見送りが何の任務だと言うのか。

ここまで来たら、国王とあの女王様まで来るのだろうかと身構えるが、将軍がすっと私の前に出てきた。

「国王と女王の名代として参った。達者で暮らせと言伝てだ」

なるほど。将軍が私の見送りなんて違和感があったが、そういうことなら納得だ。

「……誘拐の件は詫びておく」

私がぽつりと呟かれた言葉に驚いて反応できない内に、将軍は踵を返してコンラートさんのいる部屋の隅に行ってしまった。私がそちらへ目をやると、コンラートさんが笑って手を振ってきた。素直じゃない将軍と、いつも余裕たっぷりのコンラートさんは、いろいろあったが、良い主従になりそうだ。

「桃子。そろそろ始めるよ」

アーティに促され、私は彼が立つ魔方陣の中央へ移動した。

「……それじゃ」

「うん……またね」

少し寂しさを感じて、笑顔がぎこちなくなってしまった私の頭をアーティはぽんっと軽く叩いて、魔方陣の外に出た。振り返ったアーティは、傍に置いていた杖を拾って私の方へかざす。やっぱりその怪しい魔法使いグッズは使いたいらしい。

私が呆れている間に魔法は始まっていたらしく、魔方陣全体が光始めた。やがて私自身も光に包まれ、視界が真っ白になった。


しばらくして光が消えると、目の前には……怪しい格好の美少年がいた。


「変わってないじゃないですか!!」


アーティはあいかわらずの無表情だが、彼の後ろにいる人達は驚きの表情でこちらを見ている。しかし、その視線は私から少し外れているようで、私はそれに合わせて振り返った。


「あれ?ここ、どこだ?」


そう言って呆然としているのは、携帯電話片手に胡座で座る少年だった。茶色に近い黒髪は、いつも頭髪検査にひっかかると愚痴を言ってくる少年のものと瓜二つだ。そういえば、つり上がりぎみの目も、目付きが悪いと言われると悩んでいたものと同じだし……というより、全体的によく知る少年そのもので……。


「稔くん!?」


――そこにいたのは、幼なじみの杉山稔くんだ。


「おやおや、また間違えちゃった」

「間違えたって!?」

暢気に言うアーティに、私は掴みかかりそうな勢いで詰め寄った。

「この魔法は不完全みたいだね。研究の途中で放棄したのかな?よく見たら、記述もおかしい。そのせいで魔法が上手く作用せず、桃子の目的地付近にいた稔くんをこっちの世界に引っ張ってきちゃったみたい」

「何で使う前に気づかないんですか!?」

「マジで!?ここ異世界!?」

私とアーティの会話や、周囲の状況から理解したらしい稔くんは驚きの声を上げる。

「やっべぇ……母ちゃんに飯いらねって連絡しよ」

「そういう問題!?」

持っていた携帯を耳に当てる稔くんに、私はすかさずツッコミを入れた。

「もしもし、母ちゃん?今日、晩飯いらねぇや。……うん、また後で電話する」

「……って、電話繋がるの!?」

「どうやら、今の魔法で音声を異世界に飛ばせるようになったみたいだね」

「もしかして、あっくん?はじめまして!」

通話を終えた稔くんは、立ち上がってアーティに歩み寄る。

「やあ、顔合わせは初めてだね」

「あっくん、めっちゃ美形だね!メールじゃ全然そんな素振りなかったから、びっくり!」

「美形の素振りって何!?というかね、稔くん!さっきから、そういう問題じゃないんだって!!」

何故、そう簡単に状況を受け入れられるのだろう?いくら、ずっと異世界の人とメル友だったとは言え……いや、この変人とメル友だったからこそ、受け入れられるのか?

「これは研究のし直しだね。」

そう言ったアーティを私は恨みをこめて睨むが、彼はいつもの無表情ながら、なんだか楽しそうに見えた。

「ついでに二人共、異世界のこと教えてよ。携帯電話の現物見たかったんだよね」

「結局それですか!?」



――魔法使いのうっかりミスで始まった私の異世界の冒険は、まだまだ続く……?



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