ようやく帰れそうです
「ハワード」
母の手によってツルツルになり、その場にうちひしがれていた将軍の元へ、王が歩み寄る。王はしゃがんで、将軍と目線を合わせた。
「野心があるのは構わん。俺もセイヤも、お前の妨害くらいでへこたれるようなら、それまでの器だったと言うだけだ。だが、俺とセリーヌは、ちゃんとお前の実力を認めている。お前はサザールに必要な男だ」
将軍ははっと顔を上げ、父の顔を見た。
「そもそもお前と兄を比較し、優劣をつけた覚えはない。適材適所なだけだろう、バカタレ!」
「ほんとにハゲ……バカなんだから……」
「……言い直す必要ないでしょ?」
王も女王も叱責しながらも、優しい親の顔をしていた。将軍も女王に反論しながらも、ふっきれたようで、穏やかな顔になっていた。
「さて、次は……コンラート・ザイール」
「はい」
「お前はハワードに協力しながらも、独断でフーリヤの監視を行ったり、勇者が別で誘拐されるのを黙認した。お前の行動の本質はセイヤにもハワードにもないようだな。では、お前は何に従っているんだ?」
王の問いかけに、コンラートさんは笑みを浮かべて答える。
「私は、亡き主……デイビス様に従っております」
デイビス――病死した皇太子、セイヤ王子の父親の名だ。アーティから、コンラートさんは元々皇太子の側近だったと聞いた覚えがある。
「やはり……」
王子が王とコンラートさんの会話に割って入る。
「お前がまだ父上がご存命の内に叔父上に仕えるようになったのも、父上の命か?」
コンラートさんは無言で肯定した。
「父上から忠義に厚い男だと聞いていたから、ずっとお前の鞍替えに違和感があった……忠義故の行動だったのだな」
「デイビス様は、私の絶対の主ですから……」
――コンラートとその主・デイビスが初めて出会ったのは士官学校だった。 既に卒業していたデイビスだが、後輩の面倒見が良く、弟が在籍中ということもあって、公務の合間を縫い、よく学校に顔を出していたのだ。コンラートのその時の彼の印象は、明朗快活で優しく、何でもできる凄い方だというものだった。貴族とは言え、三流で貧しい家出身の自分では接点を持つことはないし、雲の上の存在だと思っていたのだ。
しかし、コンラートが学校を卒業し、軍人になって間もなく事件が起こった。彼はそこで命の危機に陥いるが、それを救ったのがデイビスだったのだ。
それからデイビスの元で働くようになったコンラートは、側にいることで気づいた。デイビスは本当は気が小さく、すぐ胃を痛めているような人だった。しかし、そんなことはおくびにも出さず、王子として 常に堂々と振る舞っていたのだ。優しい心を持ちながらも、時には残酷な決断もした。そして陰では誰よりも勉学や訓練に励み、皆を導く者であろうとしていた。
命を救われ、彼の内面にも触れたコンラートは誓った。
この方に、生涯忠義を尽くす、と――
「主はその優しい気質が災いし、病に倒れました。しかし、最期に私に託されました」
目を伏せて物思いに耽っていたコンラートさんは顔を上げ、王家の人々……亡き皇太子の家族を見渡した。
「“国を、大事な方々を護ってほしい”……私は命に代えても、その望みを叶えたかったのです。主の最期の願いを――」
「だから、叔父上の気が済むようにさせながらも被害を最小限に、かつ万が一のことを考えて動いたということか」
王子の言葉で、私はようやくコンラートさんの行動の意味がわかった。私に武器を仕込んだ靴を渡した理由――もしもの時に、私が身を守れるようにしてくれたのだ。
「そういうことなら、お前に罰を与えるわけにはいかないな」
王は苦笑しながら立ち上がり、コンラートさんを見下ろした。
「コンラート・ザイール。デイビスへの忠義に感謝する。だが、デイビスはもう死んだのだ。もうあいつに固執することなく、今後はお前の好きなように生きろ……お前の人生なのだからな」
優しく諭す王へ、コンラートさんは深く頭を下げた。
結婚と断髪の上、しばらくの謹慎を命じられたハワードは、謁見の間から退室して自室へ向かっていた。しかし、同じく退室したが、自分と違って自由の身であるはずのコンラートが何故か後をついてきていた。
「コンラート君……何故ついてくるんだ?」
「何故とは?私はあなたの従者ですよ?」
先程“生涯の主”について熱く語ったばかりの男がしれっと答える。ハワードは溜め息を吐いてコンラートに向き直った。
「私は君を巻き込み、罪を犯した。誰かの下で働きたいということなら、こんな私ではなく、セイヤの元へ行け」
ハワードが真面目に言うと、コンラートはニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「悪役もなかなか楽しかったですよ。ハワード様は思慮が足りないところがあるので、目が離せませんでしたが、それはそれで面白かったです」
「やかましい!」
確かに、自分はいろいろと失敗したので上手く反論できず、ハワードは赤面して叫んだ。すると、コンラートは笑みを消し、真面目な表情でハワードの足元に跪いた。
「お許しいただけるなら、私はこれからもハワード様にお仕えします」
「……本当に私で良いのか?次期国王はセイヤだぞ」
「お仕えしたいのです」
コンラートがきっぱり答えると、ハワードはようやく折れて、彼に立ち上がるように促した。
――出来ることなら、セイヤ様にもお仕えしてお護りしたいが、あの方には既に優秀な部下がいる。彼がいるのなら、大丈夫だろう……。
コンラートはそんな思いを秘めながら、主の後に従うのだった。
「勇者……いや、トーコ・フジタ。お前には悪いことをした。しかし、お前がいたからこそ、被害が最小限で、事を穏便に済ますことが出来た。感謝するぞ」
王が私の前へ来て頭を下げると、女王も並んでそれに倣う。そんな二人を、私は慌てて制した。
「そんな……顔を上げてください!私は何も……!」
「謙遜するな。私も心から礼を言う。ありがとう、トーコ」
美形王子がキラッキラの笑顔で言うものだから、自分でも顔が赤くなるのがわかった。
「さて……そうなると、異世界に戻る方法を早急に見つけてやらねばな」
玉座に戻った王は、アーティに目をやる。
「研究はどうなっている、アティール?」
「他のことに脱線しまくったので、まだ何も出来てませ~ん」
宰相に問われたアーティは軽い調子で答える。
……私が帰宅出来る日はまだまだ遠そうだ。
「それなら、使えそうなものがあるぞ」
王子がそう言って目配せすると、ヨシュアさんが足早に部屋を出ていった。何をする気だろう?と様子を窺っていると、すぐにお盆を持ったヨシュアさんが戻ってくる。お盆の上には、古そうな本が乗っている。
「王族専用の書庫で見つけたものだ。ほら、ここを見てみろ」
お盆から本を取った王子は、ページを開いて私に向けた。しかし、色眼鏡がない私には、書いてあることがほとんどわからない。すると、アーティが私の隣にやって来て、本を覗き込んだ。
「おやまあ……“異世界転送魔法”って書いてありますね」
「ええっ!?」
私は驚いて、本を持っている王子と、読み上げたアーティを交互に見てしまう。
「きっと、これで帰れるだろう」
「……もしかして、今までわざと隠してました?」
さわやかな笑みを見せる王子に、私は疑いの目を向ける。それでも王子の表情は崩れなかった。
帰す方法はわからないと言っていたくせに……。
無事に帰れそうなのはいいが、私はずっと、この腹黒王子に踊らされていたと思うと、何か釈然としないものを感じたのだった。




