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一難去ってまた一難

多少衝撃があったものの、無事地面に足をつけた私は、そのまま茂みの方へ走った。

「ああっ!?」

「勇者が逃げたぞ!!」

すぐにチンピラが気づいて手綱を引いたのか、馬の戦慄く声がするが、私は振り返らず、どんどん茂みや木が多い方へ進んだ。男性に勝てる程の俊足がないので、どこかへ隠れるためだ。背後からする草木を掻き分ける音に怯えながら、私は懸命に足を動かした。



「勇者が誘拐された!?何をやっているんだ!?」

執務室でコンラートから報告を受けたハワードは、机を叩いて立ち上がった。

「申し訳ありません。どうやら昨日、ハワード様が雇われた者達の仕業のようです」

「結界は!?君の部下が、外部の者が入れないよう屋敷に張っているのだろう!?」

「厳密には、ハワード様か私が許可した者しか入れないというものです。あの者達はハワード様が雇い、屋敷に入ることを許可されているので、入れたようです」

コンラートの言葉にハワードはギリッと奥歯を噛み締めた。

「……そもそも、何故昨日追い返した!?私が雇ったんだぞ!」

「あの者達が目に余る行動をとったからです。ああいう輩は、何を仕出かすかわからない。現に、勇者を誘拐してしまいました」

「もういい!私が直接行って、勇者を取り戻す!」

自分の失態を責めるように聞こえるコンラートの言葉をこれ以上聞きたくなくて、ハワードは足早に部屋から出て行った。それを見送ったコンラートはポツリと呟く。

「真っ直ぐで単純……馬鹿正直」


『あいつは真っ直ぐで単純なんだ。悪く言うと馬鹿正直だな……だから、コンラート。あいつを――』


コンラートはある人を思い出し、クスリと笑みをこぼした。





どれくらい走っただろう?

途中、木や茂みの陰に隠れるために止まっていたものの、ずっと走り通しで、もう足はガクガクだ。それでも、逃げなければならないのだ、と自分を叱咤し、懸命に動いている。

とは言え、限界が近いので、私は歩きながら、どこか隠れる所を探すことにした。そうしてある木と木の間を通り過ぎた時、突然目の前に建物が現れた。

「……え?」

こんな大きな建物なのに、それまで全く視界に入ってこなかった。木々に囲まれているとは言え、木よりも高さのある、こんな立派な屋敷に、目の前に来るまで気づかないなんてわけがない。もしやと思った私は、数歩後ろに下がってみる。すると、忽然と屋敷が消えた。もう一度、先程の場所に戻ると、また目の前に屋敷が現れる。

「これって……魔法?」


「その通り」


声のした方へ振り向くと、そこにはハワード将軍がいた。私がいきなりのラスボス登場に戸惑っていると、将軍は間合いを詰め、私のすぐ目の前までやって来た。

「ここは私の隠れ家だ。お前を監禁するため、許可のない者が見ることも入ることもできない結界を張らせたのだ」

せっかく屋敷から出ることができたのに、逃げている内に引き返して来てしまったようだ。私は将軍から距離を取ろうとジリジリと後退する。しかし、それに合わせて将軍も進む。

「誘拐されたと聞いたが……自力で逃げたのか?さすが、勇者だな。さあ、中に戻るぞ。あの連中が入れないよう、結界を直させる」

「……私を使わなくても、玉座が欲しいならもっと単純な方法があるんじゃないですか?」

なんとか将軍の動きを止めようと、私は質問を投げ掛ける。

「例えば、現王やセイヤ王子を暗殺するとか……」

すると、ぴくりと眉を震わせ、将軍が足を止めた。

「……小娘が。知ったような口を聞く」

将軍の目付きが鋭くなった。私は地雷を踏んだかもしれない。

「私は認めさせたいのだ。殺しては意味がない」

「認める?」

彼は将軍として戦績を上げ、数々の勲章を受け取っていると聞く。私には十分認められているように思うが……。

「将軍は所詮、王の下だ。兄は表面上は取り繕っていたが、すぐに胃を痛めるような小心者だというのに、先に生まれたというだけで、常に私の上にいた。兄が死んで、将軍としての実績もある私が皇太子になると思っていた。だが……生意気なだけで、若輩者の甥が次期皇太子に選ばれた。私の方が王にふさわしいのに、父上も大臣達も、なぜそれに気づかない!?」

将軍は興奮気味にまくし立てると、一度息を吐いて冷静に言った。

「だから私は待つのでなく、自分から取りに行くことにした。実の甥だろうと譲らない。私がサザール国の王になる」




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