誘拐犯と愉快な仲間達
「あらためまして、僕はソウマと申します。マスターからあなたのお世話を仰せつかりました」
私をベッドに戻した少年は、ペコリと頭を下げた。
「マスターって……あの曲者?」
「あの人はマスターが雇った何でも屋です。情報収集、人拐い……大概のことは請け負ってくださいます」
人拐いまでやる何でも屋って……この世界のお仕事事情はよくわからない。
「じゃあ、マスターって……?」
少年への質問を言い終える前に、部屋のドアがノックされ、私達の注意はそちらへ向かった。
「ソウマ、入っても大丈夫か?」
「どうぞ」
少年にかけられた声は大人の男性のようだ。どこかで聞いたことがあるような気がする……。
「……あ」
私はドアを開けてこちらにやって来た人物を見て驚愕した。
「あなたは……!」
――ハワード将軍の従者、コンラート。
「手荒なマネをして悪かった。君には是非協力をしてもらいたくてね」
従者はニタリと不気味な笑みを浮かべる。
「協力?……私に、セイヤ王子を失脚させろとでも言うんですか?」
彼がこの誘拐に関与しているということは、やはり王女が言っていた通り、私……勇者を使って王子に何かするつもりなのだろうか。私はぐっと身構えるが、従者は小脇に抱えていた布の塊をベッドへ放り投げてきた。
「まずはこれに着替えるといい。顔を洗うなら案内させる。部下を部屋の外に待機させておくから、着替え終わったら声をかけてくれ」
そういえば、私の格好は誘拐された時のままだ。逃げるにしても、このままでは動きづらい。私はひとまず彼の指示に従うことにして、黙って頷いた。
足枷を外され着替えた衣装は、長袖のシャツにキュロット、ブーツで一見すると少年のようだった。シャツとキュロットは少し大きかったが、ブーツだけは妙にしっくりとくる。私が使わせてもらっていたものによく似ていて、動きやすい。これなら走れそうだ。
しかし、ここがどこかもわからないので、闇雲に逃げて、無事にアーティ達のところへ辿り着けると思えない。とりあえずは情報収集をしなくては。
巨大な猫と対峙して少し度胸がついたのかもしれない。私はこれからのことを冷静に考えることができていた。
――ロンはアーティがいるから大丈夫。アーティの手で焼き鳥にされていないとは言い切れないけど……きっと大丈夫!
気がかりのロンのことは、自分にそう言い聞かせ、今は逃げることに集中することにした。
私は再び鉄枷をはめられることはなかったものの、前後を覆面の男達に、横を私の世話係だと言う少年にがっちり固められ、応接間へ案内された。
移動する時にずっとこの調子では、逃げ出すのは難しそうだ。
私が寝かされていた部屋は窓がなかったので気づかなかったが、廊下に出て見た外はもう太陽が上まで来ているようだ。周りの様子も確認してみるが、綺麗に手入れがされた中庭の向こうにも建物が続いていて、随分立派な屋敷に捕らわれているのだとわかる。建物の向こうが見えないので、ここがどこなのか皆目検討がつかない。まあ、土地勘のない私では、見えてもわからない可能性の方が高いのだが……。
応接間に入ると、真正面の席で、従者がゆったりと腰かけて私を待ち構えていた。その斜め後ろに控えていた覆面の男が、従者の向かいの席の椅子を引いて私をそこに座らせた。そこへ他の覆面からすかさず煎れたてのお茶を出される。……ずいぶんチームワークがいいようだ。
「毒など入っていない」
カップに手を伸ばそうとしない私に、従者は自分の元にも出されたそれを取り、口をつけて見せた。しばらく水分を取っていなかった私は、警戒しながらも喉の渇きに堪えられず、出されたお茶を口にした。その様子を、従者が優しい目をして見ていることに気づかずに……。
「さて、既に何度か会っているが、あらためて自己紹介をしよう。コンラート・ザイールだ。気軽に“コンちゃん”と呼んでくれ」
「……“従者さん”は、私に何をさせるつもりですか?」
「コンちゃん」
誘拐犯のおちゃめをスルーして、私は本題に入ろうとする。しかし、従者はなかなか引き下がらなかった。
「……従者さん」
「コンちゃん」
「マスター、私がコンちゃんとお呼びしますので……」
見かねて近くにいた覆面が入ってくる。ややこしいので、この従者に一番近くに控えている覆面を、覆面一号と呼ぼう。
「むさい男に呼ばれてもうれしくない」
「では、私が……」
「いいえ、俺が!」
次々と覆面達が手を上げて主張する。
……なんだ、これ?みんな、そんなにコンちゃん呼びしたいのか?
「だから、私は彼女にコンちゃんと呼んでほしいんだって!」
「……従者さんでいいじゃないですか」
――この大人、めんどくさい。
私は顔と声でその感情を表した。
「では、せめて“コンさん”でどうでしょう?」
私にお茶のおかわりを用意していた少年が、このくだらない攻防に参加してくる。
「あ、ちなみに僕は普通にソウマと呼んでください」
何故、私が誘拐犯を親しい感じに呼ばなくてはならないのか?腑に落ちないが、このままではいつまでたっても話が進まないので、私は妥協案を出してみる。
「……“コンラートさん”でいいですか?」
「仕方ない。“従者さん”よりマシだ」
私の案に、従者はすんなり妥協した。本当は“従者”と呼ばれるのが嫌なだけだったのかもしれない。それはともかく、私は従者改めコンラートさんに話を進めるよう促す。
「それで、コンラートさんは私に何をさせるつもりなんですか?」
「勇者殿にしていただくことは何もない。ただここでじっとしていてくれればいい。元の世界には、ハワード様が国王の座に就いた後に帰そう」
「それって……」
コンラートさんはニタリと不気味に笑う。
「セイヤ様は大々的に発表した勇者を誘拐された間抜けな王子として、国民の信頼はがた落ちだ。それから更に、各地へ魔物を出現させれば、優秀な部下達は分散する。そこに追い撃ちをかければ……セイヤ様の皇太子継承はなくなるだろう。そうすれば、ハワード様が次の皇太子だ」
王女が言っていたことは正しかった。
――ハワード将軍は、甥のセイヤ王子を失脚させ、国王の座を狙っているのだ。




