勇者誘拐事件発生
「アティールお兄様。曲者さんは生きてますかぁ?」
「ああ、フローラ様もいたの。うん、生きて……」
私の後ろに隠れていた王女が声をかけて、こちらを向いたアーティは、私を見て珍しく目を丸くした。
「……びっくりした。桃子、その格好どうしたの?」
すぐにいつもの顔に戻ったアーティは、曲者を踏み越えて私の元へやって来た。……曲者がかわいそうに思えてきた。
「女王様が着付けてくれたんだけど……」
「ふーん……」
何故かアーティはそこで黙って、じろじろと値踏みするように私を見てくる。
「アティールくん、トーコちゃんに言うことがあるでしょ?」
「あ、そうだった。この曲者は、君に何か言ってた?」
「そうじゃなくて!」
呆れるマリースさんに対し、アーティは「え?」と首を傾げている。
「曲者さんは勇者様を誘拐すると言ってましたよぅ」
声のした方を見ると、いつの間に私の後ろから移動したのか、王女は曲者の傍に座り込み、持ち物をチェックしていた。
「うーん……雇い主のヒントとなるものは出てきませんねぇ」
「フローラちゃん!危ないよ!」
「平気で……す、よぅ?」
慌ててマリースさんが駆け寄る前に、王女に曲者の手が伸びる。起き上がった曲者は王女を抱え、その首に手袋から飛び出た鉤爪を当てる。
「フローラちゃん!!」
「あー……やべぇ、気ぃ失ってた。やっぱ強いなぁ、アティール・レイノルドさん」
頭巾と覆面が緩んでいたらしく、顔を上げた曲者からするりと布が滑り落ちた。切れ長の目で精悍な顔つきの青年は、思ったより若い。王子と同じくらいだろう。意識をはっきりさせようと頭を振ったことで、首の後ろでまとめた肩より少し長め黒髪が揺れる。
「でも……形勢逆転ってやつ?」
曲者は口元に笑みを浮かべ、暗闇に映える赤い瞳を細めた。
「……それで、どうするの?」
「王女さんと勇者さん交換しましょ?」
「お断り」
アーティは言いながら、すっと曲者へ右手をかざし、マリースさんは銃を構えた。すると曲者は、王女を盾にするように自分の前へ持ってくる。
「だよな。でも、どうする?王女さんを見捨てるか?勇者とは言え、異世界のただの少女と一国の王女、どっちが大事なんだ?」
「フローラ様は、君をボッコボコにして助けるから問題ないよ」
「あはは!こっえー!」
曲者は王女を持ち上げると、アーティに向かって走り出した。それと同時に、曲者がいた場所に大きな黒い手が地面から飛び出し、空を掴む。アーティの魔法のようだが、空振ってしまった。すかさず、マリースさんが王女に当たらないように曲者の足元へ発砲するが、上手く捕らえられない。次の魔法を発動する前に曲者に詰め寄られ、アーティは袖口から棒状の武器を取り出して構える。しかし、曲者はギリギリで向きを変え、私の方へ迫ってきた。それを阻止すべく、ロンが曲者へ襲いかかるが、投げつけられた王女の下敷きになってしまった。
「俺の勝ち」
ロンが助けに入ってくれた隙に駆け出していた私は、呆気なく曲者に捕まってしまった。
「ちょっ……離して!!」
私の抵抗などものともせず、曲者は私を肩に担ぎ上げると、バルコニーの隅へ移動した。
「すぐにその子を解放しろ。でないと……ぶっ殺す」
曲者以上にアーティが怖かった。怒りのせいか、いつもの能面みたいな顔なのに、凄みがある。
「……あの人、まじで怖いね」
「そうでしょう?だから……降ろしてください!」
アーティの迫力に圧され、曲者の笑みもひきつっている。私は再度、解放を要求するが、曲者は、私をしっかり抱えて手摺を飛び越えてしまう。バルコニーの手摺を越えるということは、地上に飛び降りるということで……。
「……いやぁー!!」
私は悲鳴を上げながら落ちるが、すぐに何かへ着地した。柔らかいそこは、先程の巨大コウモリの背中だった。コウモリは私と曲者を乗せて上昇していく。
「待て!」
アーティが指示してロンが後を追うが、コウモリは向きを変え、逆にロンへ向かっていった。ロンはそのまま体当たりすることにしたのか、構わずそのまま飛んでくる。しかし、ぶつかる寸前コウモリはすいっと避け、すれ違い様、曲者がナイフでロンに切りつけた。
「ロン!!」
私が声をかけても反応することなく、ロンは地上に落ちていった。
「ロン!!ロン!!」
「……悪ぃな、勇者さん。少しの間、眠っててくれ」
泣き叫ぶ私の首の後ろに衝撃が走る。そこで私の意識は途絶えてしまった――




