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不安は続く

アーティとヨシュアさんが散らばった書類を片付けている間に、ミリアさんがお茶とお皿を用意してくれて、私は仔猫達を膝に乗せ、王子と共にイーサさんのお菓子をいただくことになった。私も部屋の片付けを手伝おうとしたが、休んでいるようにと断られた。ハクとロンはお手伝いしているのに、王子と仔猫はともかく、私まで何もしないのは申し訳なく、居心地が悪い。それに、王子と一対一は緊張してしまう。当の彼はもくもくとお菓子をつまんでいて、特に相手をすることもなかったのは唯一の救いだった。


片付けを終え、アーティ達が周りに集まってきたところで、王子はお茶を飲んで一息ついた。

「……さて、そろそろ報告を受けようか」

あれだけ暴れた後なのに、王子はまるで何もなかったかのような顔で私達を見渡した。私はいいとして、アーティ達には何か一言あってもいいのではないだろうか……?

「じゃあ、僕から」

慣れているのか、アーティは平然として手を挙げた。

「先に連絡した通り、三つの頭と尻尾を持つ巨大な猫は、僕達が町に到着すると同時に暴れだしました。首に服従の魔法の刻印があり、何者かに操られていたようです。猫は桃子が持っていた護りの石によって全ての魔法が解除され、そこにいる三匹の仔猫に戻りました」

この世界の通信手段は、アーティが異世界と交流するのに使ったものと同じ、書いた文章を相手の紙面へ飛ばすものと、鏡等を通じて自分の姿と声を届けるテレビ電話のようなものがある。どちらも魔力が必要で、アーティが開発に携わっているそうだ。そのことを聞いた時、もう彼の凄さは十分わかっていたので、あまり驚きはしなかった。

「被害については、馬小屋が全壊。家屋は半壊が五軒、一部損壊が二軒。避難の際に転倒、落ちてきた瓦礫にぶつかった負傷者が三名。いすれも軽傷です。現在、詰所の警備兵と町民で復旧作業に当たっています。軍からの応援は要請済みです」

アーティに続いてミリアさんが報告する。怪我人がいるものの、被害が少なくて本当に良かった。

「私からの報告ですが……」

ヨシュアさんが神妙な面持ちで声を上げる。

「あの町の警備兵を呼びに向かった時、詰所は結界で覆われていました。何者かが兵士の到着を遅らせるために仕掛けた障害と思われます」

それは、初めて聞く情報だった。町でも帰路でも、ヨシュアさんからそんなことを聞いたことがなかった。服従の魔法に結界……一体、誰がそんなことを?

驚く私とは対照的に、アーティ達は知っていたようで、平然としている。

「幸い、私は魔力を有していたので、多少の時間はかかったものの、解除に成功し、兵士を引き連れ、レイノルド達の所へ戻りました」

「詰所へ向かったのがタイラーで良かったな。ティボルトでは結界を破れず、戻るまで時間がかかっただろう。まあもっとも、応援を待たずして、勇者の力でどうにかなったようだが」

王子がニヤリと笑みを浮かべ、からかうような視線を私へ送る。

「本当に勇者をやってみるか?」

「……え?」

「冗談だ。そんな泣きそうな顔をするな」

まさか約束を違える気なのかと思うと、顔が情けなく歪んでいたらしい。完全に王子に遊ばれている自分の頬を叩いて叱咤する。

「まだ問題は解決していないが……とりあえず、約束通り、こいつは魔法研究所にぶちこんでおく」

王子はにこやかにアーティを指差す。アーティは一瞬眉をひそめるが、すぐにいつもの無表情に戻り、「やれやれ」と言って溜め息を吐いた。

「しかたない。桃子のために、ちゃっちゃっとやってきますか」

アーティはそう言って立ち上がる。

「どうしたんですか?」

「早速魔法研究所に行くんだよ……僕が動けないからって、桃子をこきつかわないでくださいよ」

「わかっているさ」

クスクスと笑う王子に訝しげな視線を送りながらも、アーティは足早に退室した。

「――“トーコのため”とは言うが、こんなにすぐに取り掛かるのは、明日のパーティに行きたくないからだろうな」

「あ!そうだ、女王様のパーティ……あれってどういうことですか?」

王子の言葉で、謁見の間で唐突に言われたことを思い出す。あんな台詞があるなんて聞いてない。

「お祖母様のあれは、予定外で想定内だ。やりたがるとは思っていたが、本当にあの場で言うとはな……まあ、お祖父様もお祖母様も事情をご存知だ。悪いようにはしないだろう」

「……出席は確定なんですね?」

「主賓だからな」

私はがっくりと肩を落とした。謁見の間でさえ緊張したのに、更にパーティまであるなんて……女王の笑顔も嫌な予感がするし、ものすごく行きたくない。しかし、これも偽勇者の仕事なら、しかたない。これからは安易な約束をしないように気を付けよう。私はそう決心と共に覚悟を決めた。

「さて、タイラー。馬車の手配をしてくれ」

「はい」

「ティボルトはレイノルド邸に連絡を。勇者をお迎えする準備をするように、と」

「はい」

王子にそれぞれ命じられ、ヨシュアさんとミリアさんも出て行く。ヨシュアさんが先に馬車へ乗せておくと言ってハク達を連れていってしまった。


――またしても、王子と一対一になってしまった。しかも、今度は本当に二人きり。


「トーコ」

「はいっ!?」

私が内心パニックになっている時に名前を呼ばれ、上擦った声で返事をしてしまう。

「そう畏まるな。ここから勇者のことは関係ない。ただの雑談として聞いてくれ」

「はぁ……」

そうは言われても、王子には妙な迫力というか威圧感というか……凡人の私には近寄りがたいオーラがあるので、どうしても身構えてしまう。

私の困惑とは裏腹に、王子は残っていた紅茶で一息ついて話を続ける。

「アーティのことを話しておこうと思ってな。この世界に来てから随分振り回されているだろう」

「それはもう」

私は迷うことなく肯定した。そもそも召喚されたこと自体振り回されたと言える。

「だが、しっかりお前を護っている」

その言葉に、私は今までのことを振り返る。渓谷でも魔物に対峙した時でも、彼は私を庇いながら戦ってくれた。先程も王子の暴走からすぐに避難させてくれて、そういうところは感謝している。そう思いながら、私は深く頷いた。

「あいつはああ見えて責任感が強い。今、お前を守るのは自分が召喚してしまったことへの責任と、お前の自衛力の無さからだ。だが、一度懐に入れた者に対する執着は凄まじい。

――例えば、タイラー。あいつは平民出身で、士官学校で貴族の同期から見下され、嫌がらせを受けていた。それを知るやいなや、アーティはその同期生に決闘を申し込み、完膚なきまでに叩きのめし、プライドをへし折ってしまった。

マリースが外国のバカ王子に見初められ、結婚しなければ戦争を起こすと脅された時には、一人でその国に乗り込み、無条件降伏させてきた」

想像してみて呆れながらも、彼ならばやりそうなことだと、妙に納得してしまう。

「あいつに気に入られないように気をつけるんだな。元の世界に帰してもらえないかもしれないぞ」


……ありそうで怖い。


私は想像して顔を強張らせながらも、こくこくと何度も頷くのだった。


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