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Our Wedding Day - 3



 オリヴィアは、苦行僧のような渋面を隠そうともしないエドモンド・バレットを、ちらりと上目遣いで見やった。


 彼の瞳の色は生命力に溢れたグリーンだが、眉間の深い皺はいかんともしがたい。

 視線はひたすら小窓に張りつき、外の景色を追っていた。二人を乗せた二頭立ての馬車は、ガタガタ、ガラガラとやかましい音を立てながら石道を進んでいく。


 時々、オリヴィアの細い体は、馬車の揺れにのって小さく跳ねた。

 対して目の前に座る夫は、まるで揺れなど存在しないかのように静かに腰を落ち着けていて、ついでにいえば、正面のオリヴィアなどまるで存在していないとでも思っているような冷たい態度だった。


 二人が馬車に乗ってもう半時間は過ぎようとしているはずだが、会話らしいものは未だにほとんどない。


 しかし、エドモンド・バレットは立派な体躯をした青年だった。

 肩幅が広く、胸元はがっしりとしていて、それが綺麗に引き締まった腰に続いている。足は長いが、ひょろりと形容するには立派すぎた。

 日に焼けた顔は彫りが深く、美しいというよりは精悍な雰囲気で猛々しいのに、目元だけは繊細な感じがした。灰色の上着にズボン、黒いクラヴェットという簡素な装いも、彼が着こなすと豪華に見える。


 そう、オリヴィアはとても魅力的な男性と結婚したらしい――。


 結婚式の直前まで顔も見たことのない男だったにせよ、オリヴィアは夫になる者に尽くそうと考えてきていた。

 だって、どうせしなければならない結婚生活なら、愛情と幸せがあった方がいいに決まっている。この渋面の男を目の前にしても、その決心は揺るがなかった。


「ノースウッド伯爵──」

 オリヴィアは小さな口を開いた。

 自分の声が年よりずっと幼く聞こえることを知っているオリヴィアは、なんとか精一杯大人の女らしい艶のある話し方をしようと試みた。

 狭い馬車の中で、声は嫌でもよく反響する。


「ご領地は自然に溢れたとても美しい場所だとうかがっていますわ。私、待ちきれない気持ちですの」


 するとエドモンド・バレットは意外なものを聞いたと言わんばかりに両眉を上げて、オリヴィアの方へ向き直った。グリーンの瞳がオリヴィアの頭の先からつま先までを、素早く見回す。

 オリヴィアは思わず緊張したが、それを見せまいと息を呑み、背筋を伸ばした。

 エドモンド・バレットは厳かにオリヴィアを見下ろしたまま、よく抑制のきいた低い声で言った。


「あまり期待はしない方がいいだろう、マダム」

 素っ気無い言い方だ。


 おまけにこれは――オリヴィアが初めて聞いた彼の言葉だった。声自体は結婚の誓いで聞いていたが、あれは決まった文句を言いあげるだけなので、彼の意志で紡がれた台詞ではない。

 一瞬、オリヴィアは怯んだが、まだ諦めるには早い気がした。


「まぁ、謙遜なさらなくてもいいんですのよ! 父の話では北部で最も美しい土地だということでしたわ。どの家も広くて、荒野や森や川があるそうですね」

「家が広いのは、領地のわりに人口が少ないからだ。荒野や森や川は確かにある――ただ、あなたのような都会育ちが美しいと思うかどうかは、分からないな」

「私、緑は好きですわ。自然が大好きなんです」

「失礼だが、あなたの言う自然とは、庭園で彫刻のように整えられている木々のことだろう。私の言う自然とは、少し異なるものだ」


 む、とオリヴィアは唇を一文字に引いた。

 しかし諦めるにはやはりまだ早すぎる。何といっても、まだ結婚して一日も経っていないのだ。


「少し異なるくらい、大丈夫です。頑張って好きになるわ」

 つい、少し子供っぽい物言いをしてしまったことにすぐ気が付いて、オリヴィアは内心しまったと思った。そしてエドモンド・バレットがそれに気付きませんようにと手早く祈った。祈りは聞き入れられたらしく、彼は眉一つ動かさない。

 ただ相変わらず、深いグリーンの瞳がオリヴィアを見下ろし続けていた。


 ノースウッド伯爵エドモンド・バレット卿は、答える代わりに無言で小窓の外へ視線を戻した。



 旅は長かった。

 行きは一人だったから一泊ですんだものを、帰りは二人になっているものだから、倍以上の時間が掛かっている。

 そのうえ旅の伴になったのは女性で、ちょっと馬車が揺れただけでポンポンと座席の上で跳ねてしまうような華奢で小さな身体の持ち主だった。

 さらに言えば、このか細い少女は、エドモンドの生涯の伴になったのだ。──なってしまった、のだ。


 彼女は小柄で、長く柔らかい黒髪を持ち、瞳の色は薄い青で、息を呑むような白い肌をしていた。

 顔の作りは繊細で、ちょうど式を挙げた教会に彼女そっくりの天使像があったのを覚えている。そんな可愛らしい童顔と対照的な豊かな胸元は、そこに存在するだけで男を誘惑した。


 エドモンドは、なぜ彼女のような女が今日まで売れ残っていたのか、不思議でしかたなかった。


 彼が望んだものは、充分な持参金と、田舎暮らしに文句を言わないだけの忍耐強さと、我慢できる程度に美しく『ない』容姿と、それなりに大人であることだけだ。

 しかし目の前にちょこんと座っているこの少女ときたら、持参金以外に当てはまる項目は一つもない。


 彼女はノースウッドの屋敷で生き延びるには都会っ子すぎ、屋敷の女主人として采配を振るうには幼すぎ、エドモンドの性欲を我慢させるには美しすぎるように思えた。


 彼女がエドモンドに差し出された理由は、確かにいくつか思い当たる。

 ひとつは、彼女の姉である、シェリー・リッチモンドだ。


 絶世の美女として国中にその名をとどろかせるミス・シェリーは、オリヴィアの四つ年上であるにも関わらず今だ独身で、噂によればかなり奔放な生き方を楽しんでいる女傑という話だった。

 姉が未婚では妹に結婚話がいくのが遅れるのも当然だし、シェリーのような良くも悪くも有名な美女の影では、どんな名花も霞んでしまうのだろう。

 リッチモンドの思惑も理由のひとつに数えられる。


 『リッチ』モンドとはよく言ったものだ。

 この家は確かに、金だけで現在の地位を築いていた。

 現当主ジギー・リッチモンドはサーではあるが貴族ではない。文字通りただの成金だ。娘を貴族に嫁がせたいと考えるのはごく自然な成り行きに思え、たとえタイトルだけでも伯爵をうたうエドモンドに白羽の矢が立った理由も、分からなくはない。

 独身の伯爵など少ないし、いても、愛人ならともかく正妻には、成金の娘をすすんで迎え入れることは少ないだろう。


 エドモンドはたぶんに、一種の消去法によって選ばれたのだ。「この公爵は既婚、この伯爵もこの侯爵も既婚、残るはこいつだけだ」と。


 一方エドモンドにも、この結婚話を受け入れる理由があった。

 今年三十六歳になるエドモンド・バレットは、独身でい続けることへの周囲からの風当たりが、さすがに御しきれないレベルになってきたのだ。


 しかし、適当に名目だけの妻を選ぼうにも、まともな貴族の未婚女性はノースウッドに来たがらなかった。

 理由は察してしかるべく。

 あの荒野で生きていこうと思うのは、そこに生を受けた者たちくらいだ。それでも逃げ出す者もいるのだから、彼女らを根性なしと責めるわけにはいくまい。

 そんな中で、オリヴィアは最適に思えた。──本人を垣間見るまでは。


 絶世の美女の姉の影に隠れた平凡な少女。うなるような持参金。年はもう20歳になり、性格は落ち着きがあり従順との触れ込みだった。

 それが……くそ、この生き物はなんだ。

 エドモンドは36年の人生の中で、もっとも苛立たしい3日間を馬車と宿の往復で過ごした。



 ノースウッド伯爵とレディー・ノースウッドの旅は三日に渡った。

 その3日間、伯爵が新妻に触れることはなかった。そして、


 三日後の昼下がり、彼らを乗せた馬車がついにバレット邸に辿り着いたとき──物語は、ここから始まる。



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