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女神に惚れた人間と、女神が愛した人間と・50・終

 おぼろげな意識が、次第にはっきりする。

 ここは、どこだ。自分は、死んだのではなかったのか。

「いやいや、はっきりきっぱり死んだ」

 ……隣の奥さんが目の前にいる。ザーフは思わず周囲を見回した。あの実り豊かな村ではなく、無論のこと自宅でもない。

 死の荒野というか、岩肌ばっかりのごつい風景だ。

「……あ、ここ、冥界ですか」

「納得が早いな」

「いえ、目の前にあなたがいますし。周りがこうですし。死んだと断言されましたし……納得するしかないというか」

 妻の親友で隣の奥さんが死の化身だったこと、そして以前に死の宣告も受けていたことで、ザーフはうろたえることなく納得したというか、納得するしかなかった。

「まぁ、なんかあんまり苦しくもなかったので。ええと、ありがとうございました」

 ザーフが頭を下げると、死の化身は一瞬ぽかんとした。

「……死んで礼をいう死者には初めて会った気がするな」

「え、そうですか」

「恨み言なら飽きるほど聞いたが」

「あー、いえでも、俺はあなたを恨む理由がありませんし」

 死んだことは死んだが、最後はレオナの顔が見られた。子供たちや孫たちの顔は無理だったが、急だったのだから仕方がない。


「……ううむ。うらやましい」

「は?」

 腕を組んで唸る死の化身に、ザーフはいぶかしげに問い返す。なんのことやら。

「本当に、レオナはいい旦那に恵まれた」

「え」

「そう思うだろう? ディオレナ」

 死の化身がその背後にかけた声に、冥界の中だというのに、花が咲くように見えた。

 周囲が、瞬く間に花に彩られる。

 実りが、冥界の荒野を満たしていく。

「え、え」

 ザーフは呻くしかない。もしかしてまさかこれは。

 光が舞い散るように、実りが顕現けんげんする。その中心に、女神が、いた。

「れ、おな?」

 妻に良く似た、女性。

 だが、彼女が首を横に振る。

「いいえ。私はあなたのレオナではないの」

 実りの女神ディオレナが、少しだけ寂しそうに笑う。

「ザーフ、さん」

 レオナに良く似た顔、似た声、だが、違う女性。

「ありがとう」

 美しいほほえみを浮かべて、実りの女神はザーフの前に立つ。


「ずっとずっと、私のカケラを見ていました。地上に落ちた私のカケラを、護ってくれてありがとう。愛してくれて……ありがとう」

 そうっと、ディオレナがザーフの手を取る。優しくて暖かい手。

「レオナは私の中に還りました。優しくて暖かい愛情の記憶と共に。レオナは確かに、幸せでした……」

 大切なものを握るように、女神はザーフの手を両手で包み込む。

「正直に言います」

 まっすぐに、ザーフの目を見つめて、ディオレナは一度、深呼吸をした。

「本当に、正直に」

「は、はぁ」

「私は、レオナが羨ましいです」

「は?」

「私のカケラ。私の一部。私はずっと見守ってました。ずぅっとずっと。あなたとレオナを見てました」

「は、はぁ」

「レオナは私の一部。でも私とは違う。違っても、確かに私の一部なのです」

「はい」

 何が言いたいのだろう。ザーフは混乱している。ディオレナはレオナとそっくりで、でも違うのだ。違うのに、似ているのだ。

 すうはあ。ディオレナは酷く緊張しているようで、もう一度深呼吸をした。死の化身が彼女の後ろでニヤニヤしているのは何故なのだ。なんで楽しそうなのだ死の化身。


「ザーフ、さん」

「はい」

「わ、私と結婚していただけませんか!?」

「はい!?」


「いえあのレオナは私の一部で私と同じ好みと考えなんですよ私の一部なんですから一緒でおかしくないんですよですから私があなたのこと好きになったっておかしくないじゃないですかむしろ当然というかあたりまえでしょずっと見てたんだし好きにならないほうがおかしいじゃないですか愛情を抱くほうが自然ですよねおかしくないですよねむしろあなたとレオナが死ぬまで待った私は気が長いと思います」


 ものすごい早口で何か言われた。


「いえあのえーと??」

 マテ。何を言われた今。ザーフはパンクしそうな思考回路でそう考える。何か今女神にプロポーズされなかったか俺。

 死の化身が腹を抱えて笑っている。なんだこれ。

「とっ、とにかくですね? 私、その、冗談でこんなこという女神ではないので」

「は、え、えええええ?」

「レオナの気持ちと記憶は私の中にもあるんです。でも、レオナはレオナ。私は私」

 にこりと、実りの女神は微笑む。

「レオナはあなたへの愛を貫き通しました。彼女は私。私は彼女。同じですが、違う存在。違う存在ですが、同じ存在。レオナの愛し方と私の愛し方は違うと思います。でも……あなたへの愛情は、きっと同じ」

 ほほえみが、そっくりだ。

 愛しい妻と、同じだ。

「いえ、ちょ、っと待っていただけますか。急に言われても……俺は、レオナを」

「ええ。忘れないでしょうし、私を見るたびに思い出すと思ってます。でも、私、あきらめませんから」

 ザーフの手を握ったまま、ディオレナは笑っている。

 レオナと同じような笑顔で、笑っている。

「あなたはずっとレオナの手を引いてくれていた。ですから、私は逆にあなたの手を引こうと思います」

「はへ?」

「手始めに、天上へ」

「はぁ!?」


「神様候補として連れて行きます」


 爆弾発言とはこのことか。ザーフは目を見開いた。何を言いだすんだこの女神。いや、俺の妻だったひとだけど。

「ちょ、何を言ってんですか!? 俺、ただの人間ですよ!?」

「でも、レオナへの愛を貫き通して死にました。立派に神様候補です」

「なんでですか!?」

「あら、ご存じない?」

 少しだけ、いたずらを思いついたかのように、ディオレナは嬉しそうに笑う。

「神のカケラであるレオナが、地上で生きながらえたのは、あなたが愛したおかげです。カケラであった彼女は、信仰深いところでなくては生きられない。そんな彼女が、神官どころか信仰すら持っていないあなたが死ぬまで添い遂げることができたのは、ひとえにあなたが彼女を愛したから。信仰のように、揺らがずに愛を貫いたからなのですよ? 大司祭百人よりすごいことなのです! なので、神様になる資格は十分です!」

「なんか強引に俺を神様にしようとしてませんか!?」

「してます」

「認めた!?」

 ザーフのツッコミに、ディオレナはちょっと目を逸らした。

「だって……一緒に居てほしいんですもの」

 唇をとがらせて、そんなことを言う。ザーフの手を離さないまま。


「もういっかい、結婚してほしいです……」

 ちいさく、そんなことを言われたら。


 横顔が、レオナに重なる。一緒に居てほしい、結婚してくれと告げたときの彼女を思い出した。

 真逆だ。今は、一緒に居てほしい、結婚してくれとディレオナに言われている。 

 レオナとは違うのに、同じに見える。同じなのに、違うように見える。


「ちょ、っと、か、考えさせください……」

「考えてくれるんですね!?」

 ぱぁっと表情を輝かせるディレオナ。正直、むっちゃかわいい。が、頷けないのは、レオナが心の中にいるからなのだ。レオナとディオレナを同一視することはできない。

「そんなに簡単に頷けませんよ……レオナとあなたは別人だと、俺は思ってます」

「そうですね、考えてください。考えて考えて、頷いてくれればいいです」

「…………ん?」

 今、ちょっと引っかかった。

「私、神ですから。時間はたっぷりありますから! じっくり考えて、頷いてくれればいいです!」

「…………あれ?」

 やっぱり引っかかった。選択肢が、一つしかない気がする。

「とりあえず、天上でゆっくりたっぷりじっくり考えてね、あなた!」

「拒否権なしですかっ!?」

「拒否するの、ザーフ……? 親友に無理言って、冥界まで連れてきてもらってあなたを見つけたのに……」

 上目づかいにうるんだ目。

「ぐ……っ!」

 卑怯だ。強烈に卑怯だこの女神。レオナと同じ顔でそんな顔されたらザーフは拒否できない。 そして爆笑している死の化身を蹴とばしたくなった。


「モテモテだな、隣の旦那」

「あんた絶対楽しんでるだけだろ!?」


 とりあえず――決断は、先延ばし。

――死が二人を分かつとしても、『私』はきっとまた『貴方』に恋をする。


百年かけても千年かけても、彼女はザーフを口説き落とすでしょう。ある意味で延長戦(笑)


これにて『女神に惚れた人間と、女神が愛した人間と』は終了です。

ぐっだぐだのお話でしたが、お付き合いしてくださり、読んでくださったみなさま、本当にありがとうございます!

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