女神に惚れた人間と、女神が愛した人間と・47
――糸が切れるように、終焉は訪れる。いつだって、唐突に。
「あなた」
レオナが、泣き出しそうに微笑んでいる。ザーフの手を優しく握ったまま。
「れ、おな」
声が、出ない。しわがれて水分のない声に、自分で驚いた。
そうして、残されている時間がほとんどないことを悟る。
「……喋らなくていいわ。私はずっと、あなたのそばにいるから」
優しい妻の声が、眠気を誘う。おそらくは二度と覚めない眠りだ。分かっているのに、レオナは泣かない。泣きだしそうに……それでもけなげに微笑んでくれている。
つないだ手に、力を込めた。今のザーフに許される、最大限の努力で。
「あ、りが、とう」
ただ、彼女への感謝を。
年老いた夫からの何よりの言葉に、女神のカケラは精一杯に微笑む。
「私こそ、ありがとう。ありがとう、ありがとう、あなた……ザーフ……」
夫の目が閉じる。そのときが近づいている。いずれ握った手から力も温もりも失せていくのだ。
レオナは知っている。この喪失を、死というのだと。
女神のカケラも目を閉じる。最愛の夫と手をつないだまま。
優しくずっと手を握ったまま。
いろんなことがあった。事故で顕現した彼女に、レオナという名前をくれた人。
冒険者だったザーフ。無鉄砲で、がむしゃらで、でも困った人のために命を懸けることができる優しい人。
好きになったのはいつだったか。最初から、嫌悪などなかったのだけれども、ただの『好き』が愛情になったのは、果たしていつだったのか。
ザーフが先だったのか、レオナが先だったのか。彼を見るときのあの甘酸っぱい感情が、穏やかな愛情に変わっていく時間を過ごした。
神殿を出るときに、力強く引いてくれた手と、今も離れていないことが、素直に嬉しい。
「ザーフ」
女神のカケラは、ゆっくりと、小さく優しく夫に声をかける。
「愛しているわ」
冥界へと旅立とうとしている夫へ、嘘偽りのない心を。
――祖父が倒れたと駆けつけた子や孫の見たもの。
仲良く手をつないだままに、こと切れている、ふたり。
二人を見送った、親友である隣の奥さんが、悲しげに、それでも微笑んで告げた。
「……最後まで、仲睦まじい夫婦だったよ……」
それだけは、確かだった。
クライマックス・レオナ編。




