表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/52

女神に惚れた人間と、女神が愛した人間と・46

先にこちらを完結させます。よろしくお付き合いください。

 さらに、時間は過ぎる。


 時間が止まることはないのだなぁと、最近のザーフは思うようになった。

 少しずつ、年老いていく自分。体の自由が利かなくなってくる自分。手を見下ろすと、シワシワだ。ずいぶんと年を取ったと、思う。

 台所では、いまも姿の変わらぬ妻がいる。機嫌よく歌を口ずさみながら、料理をしている、愛しい妻。

 天に還ることもなく、自分のそばにいることを選んでくれた、最愛のひと。

 若いころは、これで本当に良かったのかと思うこともあった。

 喧嘩をしたとき、子供のことで悩んだとき……だが、後悔だけはしていない。


 本当に、心の底から、彼女を愛して良かったと思っている。

 彼女が自分を愛してくれて良かったと、感じている。

 時間を積み重ねて、その先で得たものは、なんだったのか。


「どうしたの、あなた?」

 レオナが笑いかけてくれる。些細な幸せが、なんという幸福なのか。

「いやぁ、俺は幸せ者だと思って」

「まぁ、私だって幸せ者よ?」

 レオナは胸を張ってくれた。

「あなたと居られて幸せ。仲間たちも元気で幸せ。子供たちを育てて幸せ。孫の顔まで見られて幸せ。ひょっとしたらひ孫まで見られるかもしれないわ。そうしたら、私たちもっと幸せね」

 二人で、ずっと幸せだと、妻は言う。

「そうだな。なんて幸せ者なんだろうな」

 夫婦二人で、笑った。特になんていうこともない、生活のなかのひとかけら。


 時々、涙が出そうになる。悲しいのではない、特に嬉しいというわけでもない。ただ、ごく普通の生活の中でふと感じる。

 年を取ったせいなのか。感傷に浸っているのかもしれない。

 大切な人と過ごせる時間が、ただ、嬉しい。


 できうることならば、末の孫にもこんな時間を過ごしてほしかった。

 ほかの孫たちと同じように、あの子にも幸せな時間を過ごしてほしい。

 生きているうちに、あの子の顔をもう一度見られたら良いのだが。


 ――クロノスが孫を飛ばした時間が、どれほど先なのか、義父たちからは聞いていない。義父も義母も義弟ですら、ザーフには話そうとはしなかった。問えば話してくれたかもしれない。けれどザーフはそうしなかった。未来の話は神の領域だと思うし、なによりも――はるか彼方へ飛ばされたと聞かされたら、絶望しそうだったからだ。


 怒りではなく、神々を恨み、憎んでしまいそうだったからだ。

主神である義父や、母神である義母にまで矛先を向けてしまいそうだったからだ。


 そうなったら、何よりも誰よりもレオナが悲しむだろう。ザーフだって、己を許せなくなり、何もかもが崩壊しかねない。

 義父も義母も義弟も、最大限のことをすると約束してくれた。もう、それで十分だ。

 ザーフは老いた。認めたくはないが、もう無茶をできる年齢ではない。

 信じて待つ。今できることはそれだけだ。

 たとえ、ザーフが老齢でこの世界を去る時が来ても、孫には義父母と義弟という最強の後ろ盾がついてくれた。

 だから、信じて待つ。


 やがて来るその時まで、ただ、平穏で幸せな時間を妻と過ごすだけだ。


 ――時間は流れる。止まらずに。


 その瞬間は、唐突だった。

 いつもと変わらぬ朝。変わらぬ挨拶をレオナとかわして、朝食をとって……行ってらっしゃいと見送られ、畑へ行こうと家を出て――そこで、ザーフの意識は暗転する。



 ――あなたが死ねば、レオナが地上にいる理由も消える――



 地面に倒れる寸前、隣の奥さんが以前口にした言葉が、脳裏をよぎった。

終焉が間近です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ