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女神に惚れた人間と、女神が愛した人間と・45

 目の前には、正座した神様。

 昔、義母に叱られている義父を思い出したザーフである。懐かしい。あのときはザーフを苛めたせいで義母・エニフィーユに怒られていた義父・ゼオだった。

 今回は、ゼオとエニフィーユ、レオナと自分が揃って仁王立ちしている前で、時間の神クロノスが正座させられている。


 末の孫の件で。


「東の国ではドゲザとかいうのが心からの謝罪らしいぞ、妻よ」

「ほほほ、あなた。ドゲザとやらで謝罪が済むのなら断罪の神レライエは必要ないでしょうに」

「ははは、そうだな、妻よ」

「ほほほ」

 にこやかに――額に青筋が浮いているのは気のせいではない――笑いあう主神と母神。


 ザーフの隣にいる愛妻レオナは無言。無言だが、なんか恐ろしい雰囲気を発している。アレを多分怒気とかいうのだろう。同じように自分からも発せられているはずである。

 何をどう言葉にしたらよいのか分からない。目の前にいる神様に、どう言葉を発したらいいのだ。

 正座している神様は、こちらを見ない。見られないのだろう。冷や汗らしきものがだくだくと流れている。そうだろうそうだろう。そうでなくては困る。罪悪感でもなんでもいいから、もっと気に病めコノヤロウ。


「婿」

 ゼオがこちらに顔を向けてきた。

「わしとしてはだな、もう好きにしてよい、と言いたい。婿と娘の好きにせい」

「ちょ、ゼオ様!?」

 クロノスが悲鳴に近い声を上げた。

 が、ゼオはにこやかに無視する。

「もうええわい。好きにせい。すでにクロノスの後任に誰が良いか考えておる。いっそ消滅させてしまえこんな愉快犯。なんぞ武器が欲しいなら用意させる。神殺しの剣の一つや二つ、オッサムにかかればすぐに用意できるし用意させるぞ」

 鍛冶の神様の名前が出てきた。同僚殺しのために武器を作らされるのも気の毒だ。が、ゼオの申し出はものすごくありがたかった。

 もう二十歳ほど若かったら、実際に頼んでいたかもしれない。


 なにせ末の孫は、未来に飛ばされてしまったのだから。


「ちょ、ゼオ様、待って待って待ってくださいよ!? 死なせたわけじゃないじゃないですか!? ちょっとほら、若気の至りで、すっ飛ばしただけなんですよ!? いつものようにたまたま覗いてたら、なんか年下の魔族の娘と良い感じになってたから、年の差で悩んでいるのなら年齢差がなくなればいいんじゃね? って思っただけなんですよ!? そう思ってたら、たまたまワタシの管理してた遺跡に来たから、これはチャンス♪ って思っただけで! 年の差がなくなったらどうなるのかな♪ なんて面白がってなんかいませんって!」


 白状しやがったぞこの神様。

『たまたま』と連呼しながら『いつものように』覗いてたって常習犯じゃねえかコノヤロウ。

 絶対に面白がってたのだ。末の孫の苦悩と覚悟を。隣の娘さんの恋慕と覚悟を。周囲の人たちの見守る気持ちまで。


「……お義父さん」

「なんだ、婿」

「武器、剣が良いですね。扱いに慣れていますので。で、どのくらいの時間で用意できますか」

「そうだな、少し待て。火にかけた水が湯になるまでには用意できるだろう」

「ちょおおおお!? ゼオ様ぁああ!?」

 お前の悲鳴なんざ無視だコノヤロウ。


「お父様」

 黙っていたレオナが口を開いた。かばってもらえると思ったのか、クロノスの焦りが少し失せる。

 が、そんなわきゃあない。

「神殺しの罪でうちの人が罰せられることのないように気を配ってくださいね」

 怒りの笑顔で、それでもレオナはザーフの保身を考えてくれている。

 実りの女神のカケラが、神殺しを推奨した。レオナと夫婦になってから長いが、ザーフが見たことのないくらいに怒っている。

 夫婦喧嘩でもここまで怒っているレオナは見たことがないし、同じようにレオナもここまで怒っているザーフを見たことはないだろう。

「レオナ、安心おし。婿殿が罰せられるようなことにはわらわがさせぬ。むしろ、罰せられるのはクロノスのほうじゃ。軽々しく、好奇心で人間を、しかも三人も飛ばすとは……反作用や副作用が起きて存在に影響が出る者や物もあるというのに……!」

 エニフィーユが苦々しく言う。体の周りには怒りのあまりに放電が始まっている。

 うむ、とうなずいてゼオが重々しく告げる。

「クロノス、時間の管理はお前には荷が勝ち過ぎたようだな。やはり後任を考える。新しく任命するか生み出すか……」

「ちょ、ゼオ様、エニフィーユ様!? あああああ、ちょっとした好奇心がめっちゃ首を絞めている感じ!?」


 いまさら言っても遅い。飛ばされた孫とその友人たちは、時間が流れるまで戻ってこない。

 未来。未来。ザーフが生きている間に末の孫の顔は見られるのだろうか。一体何年後に飛ばされてしまっただろう。

 大きく息をつき、ザーフはレオナの手を握った。いつまでも若いままの妻の手を、年を重ね、老齢となった己の手がつつむ。

「……レオナ」

「あなた……」

「俺が生きているうちに、あの子の顔をもう一度見られるだろうか……?」

「……あなた……」

 何十年も後ならば、ザーフはもういないだろう。孫が幸せになれるかどうかも分からないまま、死んでしまうだろう。

 レオナが手を握り返してくれる。同じ思いを抱いているだろう妻のぬくもりが心に嬉しい。


「お義父さん。とりあえず、早く武器用意していただけますか」

「お父様。わたしにもなにか用意してくださいます?」


 とりあえず、夫婦そろってそう言ってみた。腹いせにもならないと理解はしていたが。


 直後、クロノスはドゲザとやらを披露してくれた。そのまま微動だにせず、憤怒のまま訪れた義弟・エクトに踏んづけられても動かず、一週間くらいそのまま置物と化していた。

どーしよーもない神様。どうしてこうなった。

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