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女神に惚れた人間と、女神が愛した人間と・43

 午前の畑仕事を終え、末の孫と一緒に道具を抱えて家に戻る。今日は昼ごはんは家で、と、レオナに言われたのだ。隣家の双子がお手伝いをしてくれているらしい。

 数日前のミミユの件を、孫には「知り合いがしばらく遠くに行くらしいからあいさつに来てくれたんだ」と説明した。レオナにも、伝えていない。

 どう伝えて良いのかまだ悩んでいる。

 末の孫のために、女神が消滅したかもしれない、などと、あの優しい妻にどう説明したらいい?

 妻に隠し事はしたくないが、こればっかりは、どうしたらいいのか、さすがのザーフに判断がつかなかった。


「ただいま」

 ドアを開ける。

「「おかえりなさーい!」」

 元気な双子が孫にとびかかっていく。孫は苦笑して「ただいま」と双子の頭を撫でて、それから今日の畑仕事の内容を話してあげている。ほほえましいと思いながら、ザーフも台所にいるであろう妻に、

「帰ったぞー」

 声をかけたら、

「おかえりなさい」

「おかえりなのねー」

 声が、二重に返ってきた。しかも、片方はここ数日のザーフの悩みの元だ。

「…………ただいま」

 聞き違いか? いやしかし、確かに聞こえたぞ。

 隣の孫も少し首をかしげている。

「ばーちゃん、お客さん?」

 孫の声に、レオナが出てきた。

「ええ、そうよ。お友達が遊びに来てくれているの」

 と、説明する彼女の横から、ひょこっと顔を出したのは。

「お邪魔してるのよ~」

 ……ミミユだった。


「さて、ミミユ様。いろいろと訊きたいのですが」

 昼食後、孫は双子と外に遊びに行った。農作業は双子が昼寝に入ってからでいいと言って、家を離れてもらったのだ。孫たちは神様のことを知らないのだし、教えなくても生きていけるから知らなくていいと思っている。

「おおう、ごめんなのよ~、心配かけたのね~」

「そりゃあもう心配いたしましたとも。レオナにどう説明しようか、どう話したらいいのかと、俺はここ数日悩んでましたからね」

 おそらく、人生で三番目くらいに悩んだ。一度目はレオナとかけおちするかどうか。二度目は義父義弟からのイジメをどうかわすか。三番目が、ミミユの件だ。

「……ですが、まず、言わせてください」

 言うと、ミミユは身構えた。

「ううう、どんな言葉でも受けるのね」

「……ご無事で何よりです……本当に」

 まず最初に言うべきことはそれだろう。なによりも彼女が無事でほっとした。

 ミミユは数瞬の間を置いて、えへーとほほ笑んだ。

「ありがとうなのね~。レオナー、君の旦那さんほんとに男前なのよ。惚れちゃいそうなのよ」

「男前なのは認めるけど、私の旦那だから惚れちゃ駄目」

 返すレオナの表情も明るい。互いに冗談だとよく理解しているからだろう。

「それから、私に内緒でどういうことになってたのかも説明してね」

 そう言う妻の目は笑っていなかったが。


 孫にひいきをしてくれたために、ミミユがすごく怒られたのではないかと説明すると、妻は涙目でミミユをにらんだ。

「私、今すごくあなたを怒りたいわ」

「おおう、レオナにも怒られちゃうのね~?」

「当たり前でしょう!? 私とザーフの血縁を可愛がってくれるのはとても嬉しいけれど、それで友人に何かあったら……っ、そこまでしなくても……十分、でしょ……馬鹿ね……ありがとう……でも、馬鹿よ……」

 泣き出しそうなレオナに、ミミユ、あわてる。

「おおおおおう、ごめんなのよ、ごめんなのよ、でも私はなんともないのね~、呼ばれたのは別件だったのよ~」

 おたおたとするミミユに苦笑し、泣き出しそうな妻の肩を抱き寄せ、ザーフは聞き返した。

「別件? 孫のことではなかったのですか?」

「そうなのね。全く別件だったのよ~。というか、めっちゃ杞憂だったのね~」

 ものすごい勢いで呼び戻されていたので、てっきり厳罰を受けるのかと心配したのだが、本当に杞憂だったらしい。

「実はこっそりエニフィーユ様に褒められちゃったのよ? ひ孫のためにすまんのう、って言われちゃったのよ」

「……はぁ……何事もなかったのなら良かったのですが……では一体なんであの勢いで強制的に戻されたので?」

 義母の怒りのような強制退去の雷。あの勢いはなんだったのか。


「うん。結婚の神様が仕事をボイコットしたのね」

「は?」

 マテ。今何かとんでもない話をしなかったか。

「結婚を司るユユノって私のおねーちゃんなのね。で、そのおねーちゃんがね、下界に家出しちゃったのよ」

「はぁ!?」

 恋愛の神様ミミユの姉が、結婚の神様ユユノというのは神話でもかたられているので、分かる。分かるが、家出とはどういうことなのだ。それはかなりまずいのではないか。主に、恋愛している人間にとっては。

「それでね、おねーちゃんが戻るまで、しばらく私、結婚も兼任することになったのよ。そのお話だったのね~」

「え、ちょ、ユユノはどこに行ったの!?」

 あわてるレオナに、ミミユは苦く笑う。

「……多分、この村にいるのよ」

「はぁっ!?」

 また神様率が上がるのか。レオナ、レイヤ、エクト、そしてたまに訪れるゼオにエニフィーユ……あとミミユとか他の神様。隣には死の化身と元魔王の夫婦が住んでいるし、一体どんな村なのだここは。

「……バカンス、ですか?」

 世界で一番平和なのは間違いないからなぁ、と、問い返すと、ミミユは首を振った。


「違うのね。おねーちゃんの好きなひとがこの村に居るのよ」


「え、好きな人……って……ああ……そういうこと」

 レオナは知っているのか、納得顔だ。

「でもどうして今更? あの人、この村に居ついてもう五十年くらいになるのよ?」

 五十年。ということは結構な年配か。確かにこの村は平和だし、結構長生きしている先輩の方も多い。

「悪い虫が付きそうだからって言ってたらしいのよ」

「わるいむし?」

 五十年経ってから悪い虫? そもそもそんなにご年配なら結婚くらいはしていそうなものだが。

 村のご年配の方で独身。居ただろうかそんな人。考えるが思いつかない。

 ザーフとてこの村に来てから数十年が経過している。顔見知りだらけのこの村なのに、独身の年配者が思い浮かばない。

「興味本位で悪いのですが、伺ってもよろしいですか? 一体どなたのことなんです?」

 夫の疑問に、妻はさらっと言い切った。


「教会のおねえさんよ」


「……え?」

「教会にいるでしょう? 太古の魔王・ニドヘグ」

「いや、うん、知ってる。レオナから聞いてたし。いや、知ってるけど、え? ミミユ様のお姉さんだよな? で、教会のあのひとも女性だよな??」

 教会の女性がもともと魔王だったと言うことは知っている。己の勇者だった存在が生まれ変わった神父さんに、永遠の片想いしているのだということも知っている。あまりにも微妙な話なので、そっとしておいているのだ。

 ミミユの姉ということは女性で、教会のおねえさんも女性のはずだ。それともどっちか知らないうちに男性になったのだろうか。

「そうなのよ。おねーちゃんは女神だし、太古の魔王も女なのね。でもおねーちゃんは太古の魔王のことが大好きなのよ。隙あらば天界に連れ込んで神様にしちゃいたいくらいに好きなのね。いつも虎視眈々と神様にする機会を狙っているのね」

「……えーと」

 結婚の女神の性癖大暴露。結婚を司る神のはずだが、どういうことだ。異性間だけでなく、同性間の結婚もOKという神様だったのか。知らなかった。なんだか衝撃である。

「そんなに大好きな太古の魔王ニドヘグに、最近男がつきまとっているらしいのね。それで、おねーちゃんは危機感を持ったらしいのよ。ニドヘグが実らない片想いしているだけならまだいいのに、ニドヘグに言い寄る虫は許せないらしいのね」

「……もしかして、邪魔しに家出、を?」

 問うと、ミミユは無言で、しかしコックリとうなずいた。

「うわぁ」

 そんなしょーもない、という言葉がでかかったが、なんとか飲み込んだ。

 

「ほんとにしょーもないのね」

 妹神が言い切ってしまったが。

「……それ、連れ戻したりはしないの?」

 レオナもしょっぱい表情だ。

「んー、とりあえずは静観するらしいのね。おねーちゃんも休養が必要かも、ってエニフィーユ様もおっしゃってたのよ。だから私が少しの間結婚も兼任ね」

「……あの、ですね? ユユノ様が戻らなかったら、どうなるのですか?」

 太古の魔王とカケオチとか、まかり間違って天界に戻らないなんて言い出したらどうなるのか。

「………………私、格上げ?」

「……恋愛はどなたが……?」

「け、兼任?」

 超過労働という単語が脳裏をよぎった。

「無理じゃない?」

「連れ戻したほうが良い気がしてきましたが」

 これは義母か義父に直訴したほうが良い気がする――ミミユが過労死する前に。


女神って過労死するんでしょうか?(しないだろ・笑)

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