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女神に惚れた人間と、女神が愛した人間と・42

 今日も朝から畑仕事。ザーフは道具を担いで畑へ向かう。

 珍しく、早朝から畑に人影があった。

 一瞬、末の孫かと思ったが、違う。もっと華奢な……女性だ。

「あれ……ミミユ様」

 いろんなことの元凶に思える女神が、にこにこ上機嫌で立っている。ゴージャスな天界の衣装のままなので、畑のそばにいることに違和感がある。神はそのような細かいことは一切気にしない。義父も義母もそのほかも気にしないので、ザーフも気にしないことにしている。

「や、お久しぶりなのね~♪」

「はぁ……お久しぶりです」

 とりあえず、道具を地面に置いて向き直る。恋の女神・ミミユ。最近、ザーフは彼女のことを故意の女神なんじゃないかと思い始めている。

 孫のアレやソレに関して、裏で糸を引いているのではないかと。

 彼女の仕事は恋の糸を紡ぐことなので、仕事上は糸を引くことは間違ってないような気もするのだが、恋を故意に操るような真似はどうなのだろう、とか。

「えー、ミミユ様? ちょっと伺いしたいことが」

「うんうん、私も言いたいことがあるのね」

 ミミユのほうも何か話があるらしい。ザーフは道具を広げ、昼食用の敷き布を広げ地面に座り込んだ。どうぞと勧めると、ミミユも隣に遠慮なく座り込む。

 妻が持たせてくれた水筒からお茶をカップに注ぎ、手渡して、しばらく雲一つない空を見上げた。

「お茶、美味しいのね。手作り?」

「ええ、まぁ。冬の間に作っておいた茶です」

「下界のお茶も美味しいのね~」

 のほほん。


「ところで、ミミユ様」

「はいなのね」

「末の孫のことですが」

「うんうん。彼ね」

「なんだか最近、身の回りがスッキリしたとか」

「そうなのね。こんがらがってた糸をほどいたのね」

 恋の神、やはり故意か。

「……ええと」

「私が紡ぐのはきっかけの糸なのよ?」

 ミミユは軽く首をかしげる。

「結ぶのは本人の努力なのね。そこから実って愛になるのも当人たちの努力なのね」

 恋と愛。女神はきっかけを紡ぐだけ、と。

「私はね」

 微笑んだまま、ミミユは言う。

「君とレオナが大好きよ。神のカケラのレオナを愛してくれた君が大好きなのね。それは天界のみんなもそうなのね。君とレオナの子供たちも、孫たちも、とっても好きなのよ」

 ザーフの目をまっすぐに見て、女神は言う。

「君はレオナを本当に大事にしてくれてるのね。神のカケラでもかまわずに、臆さずに、ずっとずっと、きっと死ぬまで大事に愛し抜いてくれるのね。とてもとっても感謝してるのよ。下界に落ちたレオナが心細い思いをせずに済んだのは、君のおかげなのね」

 優しく、ミミユは続ける。

「だから、不幸になってほしくないのね」


 軽く息をついて、話は続く。

「でも、神のカケラをめとったからと言って、ひいきしちゃいけないのね」

「そう、ですか? お義父さんとか……結構、その」

 義父も義母もなにやらいろいろと職権乱用していたような気もするが、あれはひいきではないのだろうか。いやありがたいのだが、問題になったら気が引ける。

「そうなのよ。ゼオ様やエニフィーユ様は援助だけなのね。ひいきはしてないのよ」

 どう違うのだろう。神ならぬ身では違いが分からない。

「神の力をふるってないってことね。現物支給だったでしょ?」

「ああ、なるほど」

 確かに、神の力で幸運などは与えられていない。もっぱらお祝いなどの現物支給だ。増築した家のことも材料はこちらで用意したし。

「ゼオ様やエニフィーユ様なら援助もできるけど、私はそこまでの力がない神なのね。弱いのよ」

 そうなのか。神官ではないのでそこら辺りはさっぱりだ。そして、ミミユが何を言いたいのか、いまいち分からない。

「ええと、ミミユ様、それで、その、孫のことなのですか」

「うん。不幸になってほしくないのね。よりにもよって、末っ子が勇者の資質を持ってたから、びっくりしたのよ」

「は、あ」

 勇者。末の孫は確かに魔王を倒しに行くと意気込んで、魔王の城までたどり着いた唯一の人間になったが、倒してないので勇者とカウントするのはどうだろうと思っている。


「勇者って孤独なのよ。今までの勇者たちはたいてい孤独に生きてたのね。魔王を倒して勇者と呼ばれて、でも、その後のことを知ってる人はいないのね。私たちは知ってるけど、下界では孤独に生きて孤独に死んじゃったりするのね。君とレオナの孫にそんな思いをしてほしくないのね」

 困ったようにミミユは笑う。

「これ、ひいきなのね。怒られることなのよ」

「えっ!?」

「うふふ」

 顔色を変えたザーフに、ミミユは笑顔のまま告げる。

「ほんのちょっとだけ。彼が孤独にならないように、糸をたくさん紡いだのね。きっかけだけなのよ。ちょっとだけのきっかけなのね。彼からじゃなく、女の子の側からだけなのよ。これなら彼をひいきしてることにはならないかと思ったのね。彼からの糸は最初で最後の一本だけなのよ。それもこの間紡いだから、もうひいきは終わりなのね」

 ぺろっと舌を出し、ミミユは肩をすくめる。

「でも、バレたのね。これから怒られてくるのね。呼び出しされたのよ~、めっちゃ怒られるのね~」

「そ、れは……あの、待ってください、ええと、あー」

「君がちょっと誤解しているようだから、末っ子のことだけ話したかったのね。これから彼は大丈夫よ。孤独にはならないのね。大事な相手と糸がつながったから、平気なのよ。他の娘たちもちょっとだけきっかけを紡いだから、泣くようなことにはならないのね。安心よ」

「いや待ってください! 安心じゃないですよ!? ミミユ様が怒られたら安心なんてできませんよ!?」

 末の孫のために、万が一彼女が消滅するようなことになったら、こちらとしても気が引けるどころの話ではない。


「レオナには内緒よ?」

「いやいやいや! ミミユ様! 待ってください、ちょっと待って!」

 人差し指を立てて、内緒にしてくれと笑顔で言われても。

「大丈夫よ~、ひいきもちょっとだけなのね。だからこってり怒られるだけよ、多分」

「何一つ大丈夫じゃないですよ!」

 孫の幸せのために、女神が怒られる。なんてことだ。

「私だって魔物じゃないのよ~、みんなが幸せになるように恋の糸を紡いでるだけなのね~、それがちょっと多かっただけなのよ~、大丈夫、私が怒られるだけなのね!」

「だから大丈夫じゃないですって!」

 どうしたらいいのだろう。ぎゃあぎゃあわめいていたら、

「じ、じいちゃん……?」

 いつの間にか、孫が立っていた。お隣の双子も一緒だ。

「その人、いつだったか見た人だけど……やっぱりじいちゃんの知り合いだったのか?」

「知り合いなのね~、でももうおいとまするのよ~、元気でね~」

 ひらひらと手を振るミミユに、落雷が落ちた。一瞬後、彼女の姿はもうそこにはない。

「み、ミミユ様……」

 愕然とするザーフである。今の落雷、義母・エニフィーユだろう。強制的にミミユを天界へと連れ戻すなんて、相当お怒りなのかもしれない。

 どうしたら、いいのだろう。

 青ざめて立ちすくむザーフに、孫と双子が不思議そうにしていた。


まるで遺言のような言葉を残して、ミミユ、退場いたしました。

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