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女神に惚れた人間と、女神が愛した人間と・41

 昼食を取りに家に帰ると、妻が居間の椅子で頭を抱えていた。

「ど、どうしたレオナ!?」

 すわ、留守中に何かあったのか。あわてて駆け寄るザーフに、レオナは頭痛でもしていそうな表情で顔を上げる。

「ザーフ。朝にちょっと話をしたの」

 聞いてみると、朝、ザーフが畑に出てから隣の奥さんが訪れて、末の孫を娘の婿にくれと言いだしたのだそうだ。

 まだ幼い娘だが、どうやら本気で結婚してくれと思っているのだと。

 自分からプロポーズまでしたのだから、本気度は相当高い、と。

「…………そ、そうか」

 思わずつぶやく。あの頭の良さそうな隣の娘さん、かなり早熟なようである。末の孫よりよっぽど早熟だ。

 彼女はまだ四歳。末の孫はお年頃。ほかの女を寄せ付けないために婚約をさせてほしいと言い出したそうだ。

「で、なんて言ったんだ?」

「当人の心に任せるって言ったわ。でも、ほら、あの子には、ミミユが余計なちょっかいをかけているでしょう? あの子に本当に好きな人ができるかどうか、不安でもあるし……隣の娘さんがミミユのちょっかいに揺らがないうえであの子のことを好きなら、とも思うけれど……年の差があるし……」

 ザーフは悩んでいるレオナの隣に座った。


 可愛い孫のことだ。悩むのも分かる。考えるのも分かる。


「婚約とかそういうことはおいといて、だ。年の差はあまり関係ないんじゃないか?」

「え? でも」

「いや、年の差が、っていうのなら、俺とレオナも相当だぞ?」

「え」

 末の孫と同じ年でレオナとカケオチしたザーフである。当時、レオナはザーフとお似合いの年頃の容姿で、釣り合いが取れていたように見えるが、実はそうではない。

 事故で顕現したレオナは、実年齢一歳未満だったのだから。内面は確かに外見と「=」ではあったが、実年齢では一歳。

「俺、事実は一歳の女の子とカケオチした男だからな?」

「……あ」

「相手が人間じゃないのなら、年齢を気にするのはばかげていると思わないか? ほら、レイヤさんと結婚した孫だって、年の差は数千年あるぞ。エクトと結婚したリリーさんだって年の差婚じゃないか」

 身内を考えると、年の差結婚は相当なものになる。そもそも、神様と結婚したら相手は創世記から生きているような存在なのだから、年の差どころの話ではない。

「そう考えると、十歳少々くらいなら大したことないじゃないか」

「……言われてみたら、そうね」

 レオナの悩みは少し晴れたようだ。

 自分と夫も年の差がすごいのだと思ったら、大したことではないと思ったのだろう。

 カケラ年齢一歳、本体年齢は「創世記-(マイナス)数年」である。

「でも、相手が小さいのよ?」

「そうだな。十年待てば十分じゃないか? 田舎は結婚も早いから」

 十年待てば隣の娘さんも立派なレディだろう。

 孫だってまだまだ現役のはずだ。


「……ミミユのアレは大丈夫かしら」

 レオナはそこが心配なのだ。

「うーん、まぁ、その辺は娘さんと話してみたら分かるんじゃないか? ミミユのアレはほら、孫を一目見たときに惚れたかどうか、あとは動向で分かるはずだし」

 要するに、孫に一目惚れ=ミミユのアレの初期症状。そのまま、孫のことなど考えずに暴走しかねないほどに好きになったら確実にミミユのアレに『感染』している。例としては、村長の娘、幼なじみ、イトコ。彼女らは孫の気持ちなど考えていない。酷くなるようなら止めなくてはならないと思っている。

「一応ね、力のある魔族と死の化身との子供だから、ミミユのアレは撥ね退けているらしいのよ」

「じゃあ、彼女なりに本気なんだな」

「でも、小さいでしょ? 気持ちが変わることもあるんじゃないかと思うのよ。小さいころの『お兄ちゃん大好き』だって変わるものよ。子供たちもそうだったじゃない? お姉ちゃんと結婚するって言い張ってた末っ子だって、大きくなったらちゃんと違う人と結婚したし」

 そこが引っ掛かる、とレオナ。

「うん、俺もそういうことはあると思う。思うが……隣の娘さん、人間じゃないからな。そのあたりが通用するのかどうか」

「あ」

 ザーフの指摘に、レオナは今思い出したと言うように呟いた。

「恋したら一途かもしれないぞ。隣だって、旦那のほうはアレだが、君の親友の奥さんは一途だ」

 一旦は別居したようだが、魔王になった旦那を見捨てず、結局戻ってきた。普通、相手が魔王になったら、三行半を叩きつけても許されるだろう。

 むしろ、『逃げて、奥さん逃げて!』の域だ。


「……そうね。そうかもしれないわね。私の友人に似たことを祈るわ」

「ああ。で、婚約とかそういうことはとりあえず、保留でいいんじゃないか?」

 孫だって、いきなり四歳の婚約者ができたら戸惑うだろう。

「あと数年は保留でもいいだろ。孫も帰ってきたばかりだし」

「そうねぇ……」

「ただ、レオナはミミユのアレが引っ掛かるんだろ? じゃあ、目の届くところにあの子を置いておかないか?」

 喋りながら頭に浮かんだことだった。子供たちが独立し、この家も大分広くなった。末の孫をこの家に住ませて、ミミユのアレも警戒しつつ、見ていてやったらどうだろう。

 孫と一緒に暮らせてこちらも嬉しいし、心配も減るし、もし何かあっても、主神と母神が頻繁に訪れるこの家なら、どうとでも対処できる……というか、対処してくれそうだ。

「昼から手伝ってくれると言っていたから、そのときにあの子に聞いてみようと思う。レオナは反対かい?」

「いいえ。とてもいい案だわ、あなた!」

 憂いていた妻の表情がようやく晴れた。

 心配事はまだまだあるが、とりあえず、解決案が示せたのでよしとしよう。


 孫が同居を引き受けてくれるといいのだが。

 ジジイババアと同居なんて冗談じゃねえとか言われたら、とりあえず増築を考えようと思う。離れの一つも建てればよい。

 そういうところは若いころから変わらずメゲないザーフだった。


じじい、メゲない。

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