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女神に惚れた人間と、女神が愛した人間と・40

 ヘレンが遊びに来たので、先日の話をしてみた。

 男前魔術師の返答は、明快だった。

「そんなもの、お前が長生きすればいいだけの話じゃないか」

 レオナと一緒に長生きして、精一杯生きていけ、と。

「……相変わらず、男前だな」

 ザーフは苦笑する。確かにそうだと思う。レオナと一緒に生きて、一緒に世を去ることができるのならば、幸いじゃないか。

「ま、その通りだな。必死に一生懸命生きて……そして後悔のないように世を去るさ」

「そうだな。あ、遺言書は書いておけよ。大した財産はないだろうが、子や孫への義務だ」

「現実派だな、ヘレン……」

「私はもう書いた」

 しれっと、彼女は言い切る。

「え、書いたのか!?」

「書いた。子供が眼の色を変えるくらいには財産が有るのでな」

 ヘレンは結婚するのが遅かった。研究と後進の指導に当たっていたので、婚期を逃しまくって、壮年を越えてからようやく年下の旦那をゲットした。

 それなりの地位についているので、地位も名誉も財産もあるらしい。

 子供は二人。この間ようやく成人したばかりだ。

「私もいい年だ。いつぽっくり逝っても不思議はない。夫はまだ若いからな、私が死んだあとに後妻を取るのも好きにしろと言ってある」

 男前である。

「遺産で豪遊して身を持ち崩すも良し、堅実に静かに過ごしても良し、だ。どうせ死んだら金など使えん。天界だろうと冥界だろうと金は持ち込めん。アレは生きている者が好きに使うものだ」

 ……男前である。


 素直にザーフはヘレンを称賛する。この仲間は、年を取ったらもっと男前になった気がする。結婚したあたりからだろうか。子供ができたあたりだろうか。

「すごいな」

「別にすごくはないぞ。私はそう考えていると言うだけで、他の人間は違う考え方を持っているだろう。棺桶にまで金を入れろと言う輩だっている」

 しれっと言い、ヘレンは茶を一口。

「……この茶葉美味いな。どこのだ?」

「ああ、これか? これは俺の畑で取れた果物の葉を干したんだ。カキってやつ」

「ほほう。量があるのなら分けてもらいたいな。うちでも飲みたい」

「帰りに持って行けよ。用意するから」

 いいつつ、ザーフも手製の茶をすする。多少渋みがあるが、そこがいい。


「……そう言えば、レコダは今どうしてるんだ?」

 思い出したので話題を変えた。仲間の一人、レコダが抱えている問題を思い出したのだ。

「どうとは?」

「いや、隠し子……じゃないか、隠し孫問題落ち着いたのか?」

「ああ、あれか」

 レコダは結婚していない。なのに、孫がいたそうだ。盗賊ギルドに入ってきて新入りが、レコダの孫だと宣言したのが事の発端である。

「いやそれがだな、あのバカ。調べてみたら覚えがあるとぬかしたぞ」

「覚えがあったのか!?」

「ああ。覚えてるか? 四十年ほど前に、レコダが結婚したい女に振られたと落ち込んだときがあっただろう」

「ああ……覚えてる」

 失恋した、と、肩を落としているレコダを、エッセとヘレンが連れてきて、飲み明かしたことがあった。あれ以来レコダに女性の影はなく、彼は結婚もしていない。

 失恋の傷がそんなにも深かったのかと、思っていた。

「ところが、だ。あのバカ。結婚の申し込みを賭けでやったんだと」

「はぁ!?」

「レコダが勝ったら結婚、負けたら結婚しない、と」

「アホかアイツはっ!?」

 大事なプロポーズを、賭けた。馬鹿以外の何物でもない。


「で、負けたのか……」

 結婚しなかったということは、人生の賭けに負けたのだ。

「負けたんだ。が、彼女はレコダのことを嫌っていたわけではない。その頃彼女の腹の中にはアイツの子がいて、レコダがそんなアホなプロポーズをして、あまつさえ負けたから、結婚する意志がないものだと思い込んで一人で生んだんだそうだ」

 ザーフは頭を抱えたい気分になった。

「心底からアホだあいつは……」

「深く同意する」

 ヘレンも頭痛がしていそうな表情でうなずく。

「というか、そもそも振られてないんじゃないか。アホの自業自得だろ」

「そうだ。壮絶な馬鹿の自爆だ。彼女の苦労が忍ばれる」

 そして彼女は再婚もせずに一人で子供を育て上げ、その子供も伴侶と結ばれ、孫が生まれ――祖母と親に苦労をさせた祖父を恨んで、復讐するために盗賊ギルドへ入った、らしい。

 が、事実を知ったレコダは即座に土下座。もと彼女のところに走ってまた土下座。ずっと持っていた指輪を差し出し、コイン投げの要領で放り投げて両手でキャッチ。言ったセリフがこうである。

「表か裏か! わしは表に賭ける! わしが勝ったら結婚してくれ!」

 と、ぬかして蹴りをもらったらしい。懲りてない。結局ヘレンとエッセが間に入って、馬鹿に土下座をさせまくって、普通にもう一度プロポーズをさせたら、彼女もうなずいてくれた。彼女もレコダを待っていてくれたのだ……蹴りを入れたからもう許す、と笑っていた。さすがあのレコダの彼女だった女性。きもが据わっている。


「今、同居する支度中だ。とりあえず、式はしなくて良いから、ウェディングドレスだけは贈れとアドバイスしておいた」

「うん、ナイスアドバイス。苦労しただろ、ヘレン」

「私よりもエッセだな。やり取りをしているうちに、こいつ胃痛で倒れるんじゃないかと思ったぞ。何せレコダは盗賊ギルドの長のくせに馬鹿だからな。神殿の大神官が面倒を見ているという意味を、全く考えもせずにパニックに陥っていたし」

 哀れである。心労深いエッセもだが、馬鹿と断言されるレコダも。

「……今度エッセに胃腸に優しい野菜でも送ってやろう……」

「そうしてやってくれ。多分胃が痛いはずだ」


 大神官の心労を思いやって、ザーフは苦笑い。エッセも結婚は遅かった。順調に神殿で出世していって、信心深い信者に、女性を紹介してもらって、その女性と結婚した。見合い結婚である。

 普通だ。しかし夫婦仲はとても良い。子供は二人、孫も三人いる。

 仲間たちも落ち着いた人生を送っている。老後の人生、ゆったりとゆっくりと生きていこう。


オトコマエとどうしようもないのと普通の3パターンをお送りしました。カケオチしたってのはどのカテゴリでしょうねぇ??

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