女神に惚れた人間と、女神が愛した人間と・38
孫の嫁が家を訪れた。
……情報通信お手紙の神・レストレイヤ(のカケラ)である。
「おじい様、これ、新しく作ったチーズ。おばあ様とどうぞ」
「ああ、ありがとうございます。レイヤさん」
通称、レイヤ。孫の一人に惚れて、地上に降臨した神様だ。
恋路のために地上に降りた、情熱的な神様である。義弟のエクトもそうだが、神様、いろいろと一途である。神様が身内となってかなり長いが、おじい様と呼ばれることには、まだ慣れない。どう考えても孫嫁のほうがザーフより年上だし。外見は若いが。決して口にはできないが。
思い出すのは四年前。
降臨したレストレイヤは、まず真っ先にザーフとレオナの元を訪れた。
「ディオレナ! あなたの孫と結婚したい!」
真っ先に言われたのが、ソレ。夫婦そろって目が点になった。
「ちょっと待って。どの孫?」
ザーフとレオナは子だくさん。子供たちも子だくさん。孫は多い。
「うん。末っ子の三キョウダイの長男」
ああ、あの子か、と、夫婦は納得する。末の子供の子供たちだ。レストレイヤが示す孫は、その時点でまだ二十歳にならず。そろそろ嫁をもらおうかと、両親が思い始めていたところであった。
「彼はわたしがずっと見ていた人! ほかの女にとられてたまるかと思う」
えへ、と、照れ臭そうに笑う美人。美人に好かれるのは男冥利につきるが、発言に問題がある。
「……ずっと見てたって、いつから?」
レオナの問いかけに、レストレイヤはあっけらかんと答えた。
「え、生まれたとき」
「スジガネ入りですね、レストレイヤ様……」
もうそう言う以外に何ができたか。本気になった神様ほど手におえないものはないと、いろんな経験をしているザーフは思う。
「うん。ディオレナの孫がまた生まれるんだとほのぼの見守ってたら、生まれた子供が光輝いて見えた。これはもうアレだ、魂に一目ぼれだと観念した」
瞬間で覚悟したらしい。いっそいさぎよい。
「そういうわけで孫と結婚させろ。婿にください」
「……えーっと、あなたが情熱的なのは分かったけれども、あの子の意志もあるから」
「よし分かった! 口説いてくる!! ワタシに惚れろディレオナの孫! というかもうアレだ既成事実を!」
今にも走り出していきそうなレストレイヤを、どうにか引っ張って止めたザーフだ。昼日中の牧場で、仕事をしている孫が押し倒されかねない。
それはいくらなんでも孫がトラウマになるだろう。変な性癖に目覚めても困る。
「普通に出会ってください」
「普通? ……普通。夜半に忍び込む?」
「レストレイヤ様にとってはそれが普通なんですか……」
断固として違います、と、止めた。
「……普通。……手紙? 結婚してくれ、と」
「もうちょっと段階踏みませんか。お付き合いしてくださいとか」
なんでこう直接的なのだこの神様(のカケラ)。
「……ねぇザーフ、いっそのことお見合いにしてみない? あの子もそろそろお嫁さんが欲しいって言う年頃だし。私たちの紹介っていう形で」
「あー、なるほど」
妻からの提案に素直に納得した。祖父母からの紹介で、知り合いの娘さんとかそういうノリなら、無理な話ではない。
ちょっと引っかかる点は、レストレイヤが神様のカケラなので、年を取らないということか。
「大丈夫よ。私の周りの人は特殊だって村の人たちみんな知っているでしょ」
「そうだな」
この村のひとたちは相変わらず理解が深い。
魔族だろうが年の取らない娘だろうが、関係なくご近所づきあいをしてくれるので、とてもありがたい。
いつまでも若いままのレオナを見ても、同じく若いままのエニフィーユやゼオ、エクトを見ても、のほほんと挨拶をする村の人たちに、一体どれだけ救われているのか。
「あー、レストレイヤ様、一応セッティングしますので、そこからにしませんか? 見合いなら嫁候補として恋人段階すっ飛ばせますし」
「よし頼む」
即決。どれだけ孫に惚れているのだこの女神。
そしてセッティングした見合いの場。開口一番レストレイヤは言い切った。
「ワタシと結婚してください」
だから早いって。
頭痛を覚えたザーフである。一応後見人として同席したが、いろんなものを吹っ飛ばしているレストレイヤに頭を抱えたくなった。
「え、あー、えーっと、じいさん、この人どういう人なの」
孫、困惑。だろう、と、ザーフも思う。
「いろいろと直接的な人だ。見たまま」
「はぁ……」
ぽかんとしている孫に、レストレイヤ、たたみかける。
「ワタシはあなたに惚れている。ぜひ結婚したい一緒に居たい老後まで過ごして大往生したい」
だから気が早い。孫は困惑しながらも彼女に話しかけた。
「えーっと、俺、牛飼いですが、農家OK?」
「問題ない」
「臭くて汚いよ?」
「一緒になれるなら問題ないっ」
即答である。一体どんだけ惚れてんだこの美人。魂に惚れたと言っていたが、もしかしてアレ本気?
そんなことを考えているザーフの前で、孫と女神の会話は続く。
「ご趣味は」
「収集と観察」
おい。ザーフはレストレイヤを止めようか迷った。それ絶対孫の周囲のことに関してだろう。女性関係とかの情報収集と日常の観察だろう。どうしようこの女神。変態か、変態なのか。実は覗きの神なんじゃないのか。
「え、なんの?」
「じょうほ……ごほごほ。あー、いやその、天気、作物状態」
嘘だ。絶対に嘘だ。孫が農家を継いでいるからそういっただろう今。女神のくせに嘘ついてる。嘘の神じゃないのに嘘ついてる。
が、何も知らない孫は信じた。
「へぇ、それは農家に向いてるかも」
かろうじて、和やかに会話が続いていた。せっかちな女神と、のんびりとした孫と、意外と合うのかもしれないと、ちょっと思った。
まぁ、後は若い二人に任せよう。片方若くないけど。言わないが。
そうしてなんやかんや付き合い続けて一年。孫は無事にレストレイヤと結婚した。どっかで押し倒されたのかもしれない。細かく聞くと、おそらく孫が不憫になってくるので、そこら辺りは知らないままにしておいたザーフとレオナである。
最初のドタバタを乗り越えて、結婚から三年。そろそろひ孫の顔が見られるかもしれない。
末の孫も帰ってきたが、いろいろとごったごたしているので、そっちはまぁ、置いといて。
たまにこうして乳製品を持ってきてくれるレイヤが、真顔で言う。
「おじい様。そろそろ子供が欲しい。頑張ろうと思うがどう思う」
「……ああ、うん……孫とよく話し合ってください」
「そうだな。そうしよう。よし今帰るぞだーりん。では、おじい様、また。おばあ様によろしく」
さっと身をひるがえしてレイヤは去った。本当にベタ惚れな女神である。いつまでも新婚なのだろう。うん、孫頑張れ。嫁が神様と知らないままらしいが、それは別に問題ではない。仲良くやっていってくれればそれでいい。
が、今も思うこと。
「……女神って、いろんな人がいるんだなぁ……」
自分の妻がレオナで良かった。ザーフは心底から思った。
こういうのってなんていうのでしょうね、略奪愛じゃないし……に、肉食系女神?




