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女神に惚れた人間と、女神が愛した人間と・33

 世界に平和が訪れて、一月が過ぎた。

 魔王が(病気で)倒れて一月。


 ザーフの家の扉が叩かれた。

 ノックに応じてドアを開けたレオナは、目を見開いた。

「久しいな、本当に久しぶりだ」

 目元を和ませて微笑んでいるのは、隣の奥さん(=死の化身=冥界の主=魔王の妻)だった。


「元気だったか? って聞くのもなんだかおかしい気がするな」

 お茶を入れて持ってきたザーフに、奥さんも苦笑している。

「長の無沙汰をわびよう。すまなかったな。こちらも何かと忙しくて……あのバカのおかげで人間の死者がかなり出たから」

 あのバカ。旦那のことだろう。魔王となった魔族の夫。

 そういえば、彼はどうしたのだろう。病気で死んだから、冥界に行ったのは間違いない。盛大な夫婦喧嘩になっただろうことは想像にかたくない。

 魔王と死の化身の夫婦喧嘩……冥界は大騒ぎしたはず。

「あー……ええと、いろいろ大変だっただろ。今は? 落ち着いたのか?」

「ああ、冥界は落ち着いた。あのバカも反省というか、後悔している」

 と、奥さん。魔王は自分のやったことを後悔しているという。世界征服なんてたいそうなことをしたのはなぜなのか。

「ねぇ、彼はどうしてあんなことを?」

 レオナが悲しげに問いかける。ザーフも気になっていたことだった。隣の旦那は持っている力は結構強大な魔族だったが、基本的に病弱で、とてもじゃないが魔王になるほどの体力と根性はなかったと思う。

 奥さんの尻に敷かれていたくらい、押しも弱かった。


 そんな彼が、奥さんとケンカをし、彼女を追いだし、そして魔王になった。

 一体何が理由でなのか。


 奥さんは理由を知っていた。

「ああ、洗脳されたのだ」

「「せんのう!?」」

 けろっと言い切る奥さんに、ザーフとレオナはそろって声を上げた。

「うむ。魔界には昔から大魔王を名乗る存在がいてな。そいつはとうの昔に死んでいるのだが、魂だけがうろついていて冥界に来ようとしない。はぐれ魂で、迷惑なことに非常に口がうまい。そして取り付くのがまた上手い。旦那はそれに取りつかれてなぁ……しばいて正気を取り戻させたが」

 魔王、奥さんにしばかれたらしい。

「そ、それで?」

 嫌な予感を感じながら、ザーフは問い返す。

「その大魔王の魂とやらは……?」

「ウチの旦那があっさり病気にやられたからな。そのへんをさまよっているはずだろう。次に取り付く相手を定められても困るから、目下捜索中だ。見つけたら即座に冥界に連行する」

 有無を言わさず連行すると言い切る奥さん。

「ま、ウチの旦那クラスの魔力もちじゃないと取り付こうとはしないから、人間は安心していい」

 茶をすすりつつあまり安心できないことを言う。どう反応していいのか固まるザーフに、レオナがそっと手を握ってきた。

「ところで」

 奥さんは話を続ける。


「ウチの子供たちはどこだ?」


「え」

 なんのことだ。瞬くザーフ夫妻に、奥さんも不思議そうだ。

「ウチの子供を保護してくれたのは君たちの孫だろう? コンタクトを取った後にそれが分かったから、安心して任せていたのだが……孫は戻ってきていないのか?」

「息子のところに手紙は来たわ。でも、帰ってくる気はなさそうよ。その後も手紙は来たけれど……心配しないでくれって内容だった、か、ら……待って。コンタクトって? まさかあの子死にかけたの!?」

「うむ。毒で瀕死になっていた。だが、ウチの子供たちを護らねばという強い意志を感じて感激したので追い返した。大丈夫、無事だ」

 立ち上がりかけたレオナが脱力して座り込む。

「あの子ったら……もう……」

 レオナの心境がよく理解できるザーフである。頭を抱えたい気分だ。

「戦災孤児みたいな子供を拾ったって……それ、あの双子ちゃんたちだったのか……」

 では、孫は魔王と死の化身の子供を保護しているのか。

 なんだかいろいろなことが判明して、何をどう考えたらいいのかわからない。

 混乱している夫婦に、隣の奥さんはさらなる衝撃を投げかけた。

「……これは困ったな。ウチの子供に大魔王の阿呆が目を付けるかもしれん」

「!?」

「てっきり君たちのところに戻ってきていると思っていた。ウチの子供も保護できるし、大魔王も捕獲できて一石二鳥だと目論んでいたのだが、甘かったか……」


「あ、あ」

 ザーフは口を開閉した。何をしたらいいのだ。どうしたらいいのだ。

「? どうした?」

「お、お母様、お父様!! 力を貸してっ!! みんな、ユーヤを捜索してくださいッ!!!」

 レオナが絶叫した。


地味にエライことになってます(地味?)

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