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女神に惚れた人間と、女神が愛した人間と・32

 末の孫が生まれて十数年。

「じーちゃん! じーちゃんの剣をくれ!」

 末の孫は、ザーフの剣を手に、都に向かった。

「俺がみんなを護るから!」

 剣を手に、子供は大人になる。


 なぜならば、世界のありようが激変したからだ。


 魔王が現れてしまった。

 世界を征服すると宣言した魔王は、各国を征服するために魔物を動かした。

 いくつかの国が襲われ、滅びた国もある。

 人々は魔王の存在に恐怖した。


「ねぇ、ザーフ」

「ああ……うん」

 レオナの言いたいことは分かる。それでもザーフは曖昧に頷くだけだ。

 お隣は、数年前から無人になった。

 魔王が現れたそのときから。

 奥さんがやっと妊娠し、待望の子供ができたと喜んでいた矢先、奥さんがちょっと実家に帰って……数日後、隣家は無人になったのだ。

 どうも、ケンカしたらしい。生まれたばかりの子供を置いて、奥さんは実家(=冥界)に帰ってしまったようだった。

 可愛らしい双子だったのに、残念なことだ。そのまま離婚なんてことにならなければいいが、と、心配していた矢先に魔王出現。

 あれよあれよという間にいくつかの国が滅んだ。

 が、ザーフたちの住んでいる場所は平和である。魔物の襲撃などこれっぽっちもない。

 天上の神々が踏ん張っているのかと思ったが、そうでもなかった。

 今回の魔王騒動がどういうことなのか、神々は知っているのだ。


 そう、ザーフとレオナ夫婦の友人であったお隣の旦那が、魔王になったことを。


「参ったなぁ」

 魔王が友人。しかもその妻は死の化身で、冥界を治めている存在。

 これは迂闊に神々も手を出せない。旦那を成敗したら、奥さんが逆上して冥界から何をしてくるか分からないのだと、母神エニフィーユは憂鬱に呟いていた。

「どっちを説得するにしろ、魔王の城か冥界に行かなきゃいけないんだろ?」

 魔物の群生地を突破するか、死ななきゃ行けない冥界に赴くか。

 どっちも普通の人間には無理である。

「困ったわね……でも、この近くには魔物を寄越さないし……こちらのことを忘れているわけではないと思うの」

 ザーフとレオナ。魔王とその妻の友人が住んでいるから、魔王はこの村を、この国を襲わないのだろう。世界を征服したいのなら、主神の娘ディオレナの欠片であるレオナを抑えておくのはいい手段だ。

 だが、魔王はそれをしない。レオナの存在を知っているのに、やらない。

「だよなぁ……だからなおさらどうしたらいいのか」

 ザーフはすでに年老いている。今更剣を持って走っていくわけにもいくまい。同年代の男よりは体力があるつもりではいるが、実戦となるとさすがに自信がない。

 まして、相手は魔王。

「困ったな」

「困ったわね」

 神々は手を出せない。友人として彼らに何ができるのかと、ザーフはレオナと顔を見合わせて悩む。

 世界征服など止めたい。止めさせたい、のに。


 ……と、悩んでいると、末の孫から手紙が来た。

『俺、勇者になります』と。

 息子が持ってきた手紙に書かれていた言葉に、思考が停止する。

「………………ザーフ。これって……」

「…………これ、は、本気か……?」

 呆然と、手紙を読み返しても、内容は変わらない。

 おいおいおいおい。早まるな。祖父母としてはそう思う。危険なことはしないで、とにかくおじいちゃんとおばあちゃんに任せなさいと返事を出そうにも、孫、すでに旅立ってしまった模様。手紙のあて先、分からない。

「ああああああ! ちょ、お義父さんお義母さん!! 孫が、末の孫の捜索願をぉおおおお!!」

 思わず天界に叫んでしまったザーフだ。


 ――そして、また、手紙が来る。

『魔王は倒れました。なんか病気で。

 平和が来た、と、思う。多分。

 で、戦災孤児のような双子を拾ったので、育てます。

 嫁はいない。俺の子じゃないからそこのところ誤解しないように。

 えー、まぁ、元気です。じいちゃんばあちゃん父さん母さん兄さん義姉さん姉さん義兄さんも元気で。                                 以上』


 手紙を握り締めて駆け込んできた息子から見せてもらった内容で、女神の欠片夫婦はすぐさま何が起こったのか把握した。

「……病弱だったものね……あの方……」

「ああ……」

 遠い目になる夫婦だった。

「お悔やみ、どこに言ったらいいのかしら……」

「そりゃ奥さんに……って、奥さん知っているのだろうか……あ、自動的に奥さんのところ行くのか。仲直り、できるといいな……」


 とりあえず、世界は平和になったようだ。


ここで完全に「子育て勇者と魔王の子供」とリンク。向こうはもっとハチャメチャですが(笑)

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