女神に惚れた人間と、女神が愛した人間と・19
女神ディオレナの欠片・レオナと結ばれた男・ザーフのもとに平穏な日常が帰ってきた。
弟神エクトがどうなったかは、分からない。彼がどこかに行ってから数日後、彼女がいるであろう村の方角に、大きな雷が落ちたとか。
怒ると怖い母神エニフィーユに、天界に連れ戻されたのかそうでないのか、エクトが戻ってこないので分からないままである。
うまくいったのだと信じたい。
義弟のことを心配しつつ、ザーフとレオナは平穏な毎日を過ごし、レオナの臨月が近くなってきた。
お腹はもうまんまるだ。いつ陣痛が始まっても不思議はないように思える。
「どっちかな」
「どっちがいい?」
「うーん……男でも女でも元気なら良いか」
「そうね」
なんて甘々でお約束な会話をしつつ、子供が生まれてくる日を楽しみにしている。
たまに、義母や義父も訪れた。義父は相変わらずザーフに敵意満々だが、レオナのお腹を見つめる目は優しい。義母も、滋養によい天界の食べ物を持ってきてくれたり、いろいろと心を砕いてくれている。
仲間たちも入れ代わり立ち代り様子を見に来てくれている。ありがたいことだ。
幸せだと、ザーフは思う。
「こんなに幸せで良いのかな」
「良いのよ。ザーフが頑張ったおかげだもの」
おなかをさすりながら、レオナは微笑んでいる。
彼女と逃げることを選択しなかったら、こんなに穏やかな毎日はなかっただろう。
レオナは女神の欠片として神殿に閉じ込められ、ザーフはまだ冒険者として戦いの毎日を過ごしていたはずだ。
殺伐として潤いなど何一つない毎日。レオナのいない未来。
そんなもの、想像もしたくない。
「レオナといられて、俺は幸せだな」
「わたしこそ、ザーフといられて幸せよ」
若夫婦は、お互いの笑顔でまたひとつ幸せを感じている。
そして、運命の日がやってきた。
「……ザーフ」
昼前の野良仕事を終え、昼食を食べに戻ってきたザーフに、レオナは脂汗を流しながら告げた。
「……きた、みたい……」
「!!??」
道具を全部床に落っことし、ザーフは一瞬硬直した。
魔物におびえたことなど一度もないが、今この状況には心底から驚いて動けなくなっている。
「う、あ……えーっと!! と、隣の奥さんとか呼んでくる!!」
「……お願い……」
猛烈な勢いで走りながら、ザーフは思った。
くそう、なにしたら良いのか全く分からん!!
元冒険者としての度胸とか、勇気とか無謀さとか、そういうものが全く役に立たない状況。
事前にいろいろと知識を仕入れていたつもりではいたが、いざこうなると、頭の中は真っ白で、何も思い浮かばなかった。
うーまーれーるーぞー。




