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女神に惚れた人間と、女神が愛した人間と・17

 ザーフの口から出た名前に、エクトはがちっと固まった。

「ザーフ、リリーって、どなた?」

 レオナは不思議そうに問い返す。

「うん。夜の神の神官をやっていた人で、エクトの」

「うわぁああぁああああ!! 貴様! プライバシーの侵害だぞ!!」

 絶叫するエクトである。その反応でレオナにも事情が飲み込めた。

 そのリリーという神官が、エクトの想い人なのだろう。

「会ってきたの? じゃあ、お話できたのね?」

「できたよ」

「き、貴様、嫌がらせか! 黙れ! 姉上に変なことを吹き込むな!!」

「ほうほう。そのリリーとか言うのは女性か? ザーフ」

「貴様も聞くな魔法使い!!」

 エクトの動揺を綺麗に無視して、ヘレンも興味津々ザーフに話の続きを促した。

「で、なにをどうしてきたんだ?」

 ヒドラと戦うようなことをしてきたのだ。かなりの紆余曲折があったに違いない。


「ああ。実はさ、彼女の実家が借金まみれで」

「!?」

「彼女、借金のカタに富豪の嫁にならなきゃいけなかったらしくてね」

「……!」

「それで神殿を出て、神官も辞めて」

「……」

「移り住んだ場所で、奇妙な病気が流行ってて。リリーさんも発病してた。それはエッセがなんとかしたけどな」

「!!」

「おまけに近くの沼にヒドラが湧いてて、しょっちゅう家畜がやられてて、凄く困ってた。そっちは俺とレコダで片付けてきた」

「……!」

「そ、それで……?」

「ん? 終わったから帰ってきたんだけど?」

「彼女はどうしたこの役立たずが!!」

 エクトの剣幕に、ザーフはにやり。

「彼女の厄介ごとは全部片付けてきたぞ? 病気も、ヒドラも、『いろいろ』と」

 言いながら、ザーフはひょいと小さな羊皮紙をテーブルに置いた。綺麗な文字で書き込まれているのは、住所だろうか。

 羊皮紙に関しては何もいわない。


「あ、ひとつ片付いてなかった。リリーさん、不眠症に悩んでるそうだ。夜、きちんと眠れてないって、目の下にクマを作ってたなぁ」

「まぁ、お気の毒に」

「心労が重なってたみたいだ。エッセの法術でもどうにもできないらしいし。これはもう、『神頼み』しかないかもな」

 とんとん。何も言わず、ザーフは羊皮紙を指先でたたく。何がどうとは、言わない。

「気にしてたなー。神官を突然、しかもとても失礼な形で辞めたから、エクト神の加護を失ったのでしょうね、とかなんとか」

「まぁ……お気の毒に」

 痛々しげに言うレオナと、

「それは気の毒に。私は神官ではないから信仰などはよく分からないが、信じていた神に見捨てられるような気分なのではないか?」

 眉間にシワを寄せているヘレン。

 そして、そわそわそわそわし始めるエクト。視線はザーフの指が置かれている羊皮紙に向いている。

「それで、ザーフ? その羊皮紙は、リリーさんの居場所なの?」

 レオナが尋ねると、ザーフは頷いた。

「そうだよ。まぁ、でも、もう俺には必要ない――」

 途端、エクトが羊皮紙を奪い取る。

「貴様に必要ないならこれは僕が捨ててきてやる感謝しろ!!」

 と、言い捨てて、エクトは外に走っていった。


「……あー、捨てに行ってくれてありがとうなー。聞こえてないだろうけど」

「確実に聞こえていないだろうな」

「聞こえていないでしょうね。エクトったら、素直じゃないわ」

 くすくすと笑って、レオナはザーフの腕にそっと触れた。

「リリーさん、エクトから離れたのは、そんな理由だったのね」

「んー。でも借金はもうチャラにさせたから。レコダがその富豪の親父にバクチで買って、リリーさんの身元を引き受けたんだよ。屋敷ごと」

 へレンが半眼になった。

「おい」

「ああ、言いたいことは分かってる。でも俺とエッセが気付いたときにはもうレコダが動いてたんだ……」

 冒険者時代、レコダの賭博癖にどれだけ苦労したことか。腹のたつことにここぞという勝負には負けないのだ。どうでもいいときは負けてきて借金を肩代わりさせたりしたくせに。

「今回は良いほうに動いたから、まぁいいけどな……」

「じゃあ、リリーさんは?」

「うん。屋敷を売り払って実家に戻るって言ってたよ。できるならまた神官に戻りたいとも言っていた。エクト神に許していただければ、って」

「エクトは許すわ」

 レオナは優しい笑顔だ。

「大丈夫、許すわ……」


そういうわけでした。ありがちな問題も積み重なると厄介この上ないという、気の毒なリリーさん。

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