女神に惚れた人間と、女神が愛した人間と・14
ザーフはまだ戻ってこない。近所の人間が入れ代わり立ち代わりに様子を見に来てくれるが、エクトの渋い顔は治らない。
へレンがやってきても、弟神の渋い顔はそのままだ。
「やぁ、エクト様。相変わらず人間嫌い、ご機嫌斜めのようでなによりです」
「それが人間の挨拶か。下衆の仲間は下衆だな」
「あっはっは。そうですね。そのとおりです。類は友を呼ぶと申しますから」
男前へレン、神の欠片相手にイヤミの応酬。厚顔無恥にも程がある。歯噛みするエクトにも笑顔のままである。神経が太い。
そのとげとげしいやり取りを幸いにも聞いていなかったレオナが、奥の部屋から出てきた。
「いらっしゃい、ヘレン。ザーフはまだ当分帰ってこないのかしら?」
「こんにちは、レオナ様。お体に変わりありませんか? ザーフも心配しておりましたよ。でも、まだあいつは戻れませんね。まぁ、二巡りはかからないと思いますが」
「そう……危険なことをしなければ良いのだけれど……」
「なに、殺しても死なない男ですよ、あれは。レオナ様のところには意地でも戻ってきますから、ご心配は要りません」
にこやかに言い切り、ヘレンは手土産をテーブルに広げ始めた。
レオナはザーフが何をしているのか、問い質さない。ヘレンも特には言わない。無言の中にしっかりとした信頼があることを指し示している。
しかし、エクトにはそれが理解できない。
「姉上、何故問い質さないのです? あの男がどこで何をしているのか! ひょっとしたら姉上の知らぬところでほかの女とでも逢引しているのかもしれませんよ!?」
ザーフの浮気を疑う弟に、レオナは首をかしげる。そのままヘレンに顔をむけると、ヘレンは肩をすくめた。
「浮気……するかしら?」
「しないでしょう」
あっさりと言い切るヘレンだ。エクトの眉間のしわが深くなる。面白くないのだろう。
「何故断言するのだお前も。今一緒に行動しているわけでもあるまいに」
「そんな真似をしない阿呆な男ですからねぇ」
「フン。信じられるか。姉上を泣かせたら、私があの男を粛清してやる」
鼻を鳴らして家を出て行くエクトを見送り、レオナとヘレンは苦笑い。
「浮気なんてするくらいなら、最初から女神の欠片とカケオチなんぞしないですよ」
「うふふ。そうね……人間の女性を選んだ方が、きっとずぅっとラクなはずですもの」
神殿を敵に回しても、天界から罰を受けることになっても、一生逃げることになっても、それでもかまわないとレオナを愛することを選んだ男。
馬鹿で阿呆で、愚か極まりない脊髄反射の男。
そういう馬鹿な彼だから、仕方ないなぁと仲間たちは彼とレオナの愛を見守った。彼らが幸せにいられるようにフォローに走った。
馬鹿で阿呆で、考えることが苦手で、しかし放っておけない男。
誰かのために戦い、誰かのために怒り、誰かのために悲しむことができるザーフ。
「馬鹿なんですよねぇ」
ため息をつくヘレンも、ザーフのために動いた一人。
「そうね。ごめんなさいね。ありがとう」
レオナに微笑まれ、ヘレンも笑う。
「何、阿呆な男でも、アレは私たちのリーダーです。フォローはいくらでもしますとも。それに、私はレオナ様のことも好きですから」
ウィンクし、ヘレンはみやげ物の説明を始めた。
旦那、どこでなにをしているのか。




