第69話 商談成立と降り注ぐ奇跡②
「これでようやく……サクタロー殿?」
「え、ああ、あー……天気はいいけど、最近はめっきり寒くなってきたね。もう冬の入口かな」
「おお、本当に知らない言葉が聞こえるぞ!」
「あら、本当ですね。これがサクタローさんのお国の言葉ですか。イカイ……異界とでも呼ぶべきでしょうか」
この反応から察するに、サリアさんも日本語を認識できるようになったらしい。よかったね、これで日本のコンテンツをより一層楽しめる。
ついでに、神秘的な光をキレイさっぱり霧散させたフィーナさんまで同様の力を授かったようだ。口調と目つきもすっかり元通り。しかも、異世界のことまでバレてそう……もっとも、彼女なら問題はないだろうけど。
とにかく、いったん我が家へ戻ろう。ミレイシュ様が気前よく先払いしてくれたのだ。たくさん捧げ物を用意しなくては。ついお供えしそびれていたのもあり、いい加減怒られてもおかしくはない。
不思議な体験に大はしゃぎする獣耳幼女たちを落ち着かせ、同行を希望したフィーナさんを伴い地下通路へ向かった――途中で、一度立ち止まる。
目の前の空間には虹色ゲートが漂い、得も言われぬ存在感を放っている。果たして、ここを自由に通過するという二つ目の願いは叶ったのだろうか。
「ふむ、いいだろう。勝負だ、神の抜け道よ!」
いったいなんの勝負だ、とツッコミを入れる間もなく飛び出すサリアさん。
次の瞬間、するり――以前のように衝突することなく、虹色ゲートを通過していく。そして少し離れた場所で足を止め、くるりとこちらへ振り返った。
「この程度、私にかかれば造作もない。無双の餓狼を見縊るなよ!」
グレーアッシュの尻尾を揺らしつつ、サリアさんは得意げに腕を組む。すかさずエマたちが駆け寄り、『やったー!』と一緒に喜んでいた。
流石はミレイシュ様、寛大な御心でもってお願いを聞き届けてくれたらしい。ただしフィーナさんに、真面目な顔で釘を差された。
「今回は特例中の特例です。二度目を期待してはなりませんよ」
普段はほぼ一方通行なうえに、いくら祈ってもほとんど応えてもらえないそうだ。日本のお酒と甘味に感謝だね。
そういえば、この虹色ゲート関連でずっと聞きそびれていた疑問があったな……いや、『意識的に後回しにしていた』という方が適切だろう。
いずれにせよ、そろそろ腹を決めて尋ねてみるべきか。
タイミングもバッチリだし、彼女ならきっと答えを知っている。
「フィーナさん……単刀直入にお尋ねします。この神の抜け道は、どのくらいの期間ここに留まってくれるのでしょうか? もしわかるのであれば、ぜひ教えていただきたい」
教えてもらえるのならば、真珠の代金を大幅に割り引いたって構わない……が、明日までとか言われたらどうしよう。そんな心配もあって、なかなか口に出せなかったのだ。
「そうですね……では、もう少し念入りに調べてみましょう」
フィーナさんは神の抜け道の半ばまで足を進め、ふと横を向いて立ち止まる。
顔と体のど真ん中を虹色のモヤが貫いており、絵面が微妙過ぎる。おまけに彼女は口をパクパクと動かし、何かを味わうような仕草を見せた。
せっかくの美人さんなのに、なんでこう残念な感じになってしまうのだろう……尋ねておいてアレだが、他に方法はなかったのだろうか。
「なるほど、わかりました。漂う神気の濃さから推測するに――我々エルフの半生ほど、といったところでしょうか」
ややあって、フィーナさんが虹色ゲートの向こうへ移動しつつ答えを示す。
人の半生ほど……だとすれば、まだ三十年以上は維持される。
ワガママをいえばもうちょっと欲しくはあったが、獣耳幼女たちが大人になるまではお世話できそうでホッとした。
「サクタロー殿。勘違いしないように言っておくが……エルフは、三百年も生きる種族だぞ」
「え、そんなに? じゃあ、半生って……」
どうやら、軽く百五十年は問題ないみたい……おいおい、だいぶ余裕あるな。
でも、本当によかった。三人が大人になって、そのずっと先まで見守ることができるんだ。そう考えると、安堵を通り越して涙腺が緩みそうになる。
「エマ、リリ、ルル、おいで! フィーナさんが、これからもずっと一緒にいられるって教えてくれたよ!」
「ずっといっしょ? ほんとう……?」
「本当だよ、エマ。これからずっと、俺は一緒にいるよ」
虹色ゲートの向こうへ足を進めながら思い出すのは、三人と出会った最初の夜。
あのとき、エマはすぐにお別れがくると考えていた。俺自身も同様。それから紆余曲折あり、異世界に骨を埋めると腹をくくったけども……やはり両世界を行き来できるのが一番望ましい。
「うっ、うぅぅ……よかったぁ、いっしょにいられて……」
笑顔のまま涙をこぼすエマ。そういえば、『ずっと一緒だ』と明言したのは初めてかもしれない。俺ってやつは、どうしてこんなに気が利かないのか。
だが、反省はまたいずれ。
俺はその場で膝をつき、胸に飛び込んできた三人を優しく受け止める。リリとルルはよくわかってなさそうなものの、ぎゅっと抱きしめれば楽しげな声が響く。
ようやく、なんの憂いもなく言える――俺はこの子たちの保護者だ、と。
ゆっくり揺れるそれぞれの尻尾に微笑みを誘われつつも、密かに自覚を強めるのだった。
エマが泣き止むのを待って、我が家へ戻る。それからみんなでたくさんお供え物を持って、また廃聖堂へ引き返した。
家電など、色々驚くフィーナさんへの説明なんかは後回しに。何をおいても、今はミレイシュ様へお礼をしたい気分だ。
缶ビールにレモンサワー、干し柿やチョコレート、他にも多数。台所で目に入った日本の食べものを山盛りにして、女神像の足元へお供えする。
続いて全員で目を閉じ、今度こそ静かに祈りを捧げた。
獣耳幼女たちを我が家へ導いてくださり、心よりお礼申し上げます。サリアさんやフィーナさん、ゴルドさんやケネトさんなど、心優しい人たちとの出会いにも深く感謝しております。今後も、どうか温かく見守っていただければ幸いです。
「あら、これは……」
フィーナさんの呟きを合図に、俺は目を開く。
その直後、純白の女神像が突如として光を放ち、視界が真っ白に染まる。さらに一際輝きを強めたかと思えば、たちまち弾けるように霧散した。
そして、ふわりふわりと。
廃聖堂の天井付近から、無数の白い光の玉が降ってくる。まるで真珠の雨だ。
「わあ、すごい!」
「キレイ! サクタロー、これなぁに?」
あれほど強烈な光を浴びたのに、視界はすぐ平常を取り戻した……普通ならあり得ない事態に、俺はつい首を傾げる。
そんな中、無邪気に飛び跳ねて歓声をあげるエマとリリ。ルルは何を思ったのか、口をパクパクして降り注ぐ光の玉を食べようとしている。
「素晴らしいな。これが、さっきフィーナが言っていた『心震える厳かな情景』なのか? なんだ、ここでも見られるじゃないか」
「ええ、まあ……そのようですね……」
弾んだ声で問いかけてくるサリアさんに対し、なんとも微妙な顔で返事するフィーナさん。
遠慮ないなあ……誇らしげに『我が国だけ』なんて言っていたから、俺は気を使って黙っていたのに。
というか、いつの間にかお供え物がなくなっている。たくさん用意したから、ミレイシュ様がサービスしてくれたのかもね。
どうあれ、今は無粋な考えなど必要ない。ただ無心で、降り注ぐ奇跡をこの目に焼き付けるとしよう――俺たちはいつものように自然と身を寄せ合い、厳かで神秘的な光景にしばし見惚れるのだった。
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