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【指輪に隠された力】

 その日の夜、私は夢を見た。

 夢の中で私は、あの魔物と対峙している。

 何度も見た、あの悪夢の続きだった。誰かが助けに来てくれることもなくて、私はやはり殺されてしまうのだ。

 自分の喉から発せられた恐ろしい叫びで目を覚ました。全身がびっしょりと汗に濡れていて、心臓が強く脈打っていた。今見た光景は夢でしかなかったけれど、感じた恐怖は本物だったと、心臓の鼓動の強さが証明していた。

 私は強くなる。

 今回で、ループし続ける運命に終止符を打つのだと、決意を固めた。


 翌日からさっそく行動を開始した。まずしなければならないのは、指輪が魔法具かどうか調べることだ。幸いにも、今私が通っている場所は、トリエストで一番の魔法学校だ。魔力鑑定をしてもらう方法には事欠かない。

 授業がすべて終わったあとで、私は事務室に向かう。新学期が始まって間もない今日、リアンダー先生はだいたい事務室にこもって一人で仕事をしている。ひそかに相談事をするにはもってこいの状況なのだ。


「この指輪なんですが」


 リアンダー先生は窓際にある机に向き合っていて、机の上に何やら資料を広げていた。眉間に寄っていたしわを緩めて顔を上げる。私は指輪を先生に見せ、親の形見であることを説明する。先生は私の話に耳を傾けながら、指輪を手に取ってしげしげと観察した。そして、「これは魔法具ですね」と断言した。


「やっぱり魔法具だったんですね」

「ええ、ですが……。ちょっと失礼」


 そう言って、先生は指輪を私の右手から外して自分の手のひらに置いた。もう片方の手で、中空に文字のようなものを書き始めた。


「あの……?」


 私が声をかけると、彼は顔を上げて微笑んだ。


「ああ、すみません。この指輪にこめられた魔法がどんなものなのか調べているんですよ。今鑑定中なので、待っていてくれるかな?」

「あの、それってそんなに簡単にわかるものなのですか?」

「鑑定魔法ですよ。これを使えば、こめられている魔法を確認できるんです」


 便利な魔法があるんだなあ……。いろいろな魔法を知っていて、さすがは先生といったところか。

 先生は熱心に指輪を見つめているので、邪魔するわけにもいかず事務室の中を見て回ることにした。それにしても、事務室は雑多な書類で散らかっている。リアンダー先生は片付けが苦手なのかもしれない。もっとも、彼がどこに何があるのか把握しているのであればいいのだが。

 ふと、私の目に見慣れた物が飛び込んできた。トリエストの地図だ。授業で使う教科書のように、ページを広げた状態で机の上に置いてある。その地図には、赤いペンでいろいろな書き込みがしてあった。この地図はカレッジの生徒なら誰でも持っているものだし、私ももちろん持っているからわかるのだが、五年ほど前に作られた地図だ。書き込みを見るに、赴任してきた当時から、先生が大事に使っているものなのだろう。

 地図をちょっと借りて、ラテルナの街の詳細図を開いてみた。街の様子はほとんど変わっていないように見える。でも、よく見ると店の名前が変わっていたり、建物の配置が今と変わっていたりしているのがわかった。変わっていないようで、街もちゃんと成長しているんだ。

 ここで時の流れを止めたくないな。やはりなんとしてでも、このループを突破しなくては。私はこの先の未来が見たいんだ。

 パラパラとページをめくっていったそのときだった。私の目にある文字が飛び込んできた。


「え……!?」


 背表紙に書いてあった文字を見て私は目を疑った。地図に顔を近づけて何度も確認していまう。

 でも、見間違いではなかった。確かに書いてあるのだ。「ディケ・ルーイス」と。

 たぶん、この地図の元の持ち主の名前だ。問題はそこじゃない。ルーイスという姓は非常に珍しいものだ。というか、シェルドの姓以外では聞いたことがない。これは……何かの偶然なのだろうか? それとも?


「レイチェル」


 先生に呼ばれて背筋が伸びる。私は慌てて地図を元の位置に戻した。


「鑑定が終わったよ」

「本当ですか? ……それで、何かわかりましたか?」

「もちろんだ。この指輪には、古代王国時代に使われていた文字で魔法がかけられている」

「魔法?」

「そうだ。術式自体は難しくない。指輪の内側に、文字が刻まれているのを知っているか」

「……はい。知っています」


 指輪のリングの部分の裏側に、僅かにくぼんでいる箇所がある。そこに古代文字で何かが刻まれているのだ。残念ながら私には読めなかったのだが。


「なるほど。では、説明するよりやって見せたほうが早いな」


 先生が幾何学的な術式を一音節唱えると、辺りから音が消えた。

 いや、音が消えたというよりは、この部屋そのものが、世界から隔絶されたような感覚があった。口で説明するのは難しい。だが、確かに空気が変わったとそう感じたのだ。


「何を、したんですか?」

(プリズン)だよ」

「檻?」

「そう。ようは、邪を避けるための結界だね。使用者を中心として結界を作り、外部から視認されなくなると同時に、外部から侵入できなくもする。大きさ的には、そうだなあ……ちょうどこの事務室だけが周囲から隔離された状態になっている」

「じゃあ、この事務室に出入りできなくなっている、ということですか?」

「そうではない。試しに外に出てみなさい」


 言われた通りに立ち上がって部屋の外に出る。なんの問題もなく出られて、視覚的にも特におかしなところはない。

 さっき空気が変わったように感じたが、それも一瞬のことで今は何も感じない。


「問題、ないです」

「そう。この空間に干渉することができないのは、魔法と、人ならざる存在のみってことさ」

「では、魔法避けの結界ということでしょうか?」

「そう言い換えても良いかもしれないな」

「どうしてこんな力が?」


 もう一度椅子に座りなおした。


「さあね。父親から、何も聞いてはいないのかい?」

「いえ、何も聞かされていないです……」


 父さんからこの指輪を託されたとき、私はどんな説明をされたのだったろう。

 これは母さんの形見だから、大事に付けているようにとは言われた。身に付けていたら、母さんが守ってくれるからと。だが、それだけだ。魔法の力がこめられているとの説明は受けた記憶がない。


「古代王国時代に、複数作られたもののうちのひとつ、ということはないですか?」


 便利な力を持っているものは、普及品として量産されていたケースがよくあるのだという。プレアが以前そんなことを言っていた。


「いや……それはないだろうな。こういった力を持っている魔法具は僕も初めてみたよ。むしろ、何か目的があって作られたワンオフものじゃないかなあ?」

「そうなんですか」


 あとで、父さんに聞いてみよう。とはいうものの、父さんは忙しい人で五月の初旬くらいしかいつも家にいないんだよなあ。今回の世界では、聞く機会がないかもしれない。


「邪悪な力というわけではもちろんないし、身に着けていても特に問題はないと思うよ」

「そうですね。調べていただきまして、ありがとうございました」


 頭を下げて、私は指輪を受け取った。


「いやいや、これしきのこと。何か気になることがあったら、いつでも相談に来なさい」

「はい。では失礼します」


 立ち去りかけて、そこで足を止める。ついでに、もうひとつ聞いておきたいことがあった。


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