【魔族を呼んだのは誰か?】
翼がはためいたかと思うと、ガーゴイルが急降下を始めた。その過程で目が合った。獲物を前にして、舌なめずりをしている様子だ。赤い舌がのぞいている。私のことなど、いつでも殺せると思っている。
こちらに向かって横薙ぎに振るわれたかぎ爪を、受け止めたのはシェルドだった。
私の前に立って攻撃を防いでくれている。その背中が頼もしかった。
「レイチェル!」
「う、うん!」
シェルドに言われるまでもない。呪文の詠唱を始めながら、バックステップをして魔物と距離を取った。
ガーゴイルの攻撃を弾き返すと、シェルドはすかさず追撃に入る。彼が槍を振るうたびに、魔法のオーラの光が軌跡を描いた。シェルドが炎の魔力を付与したのだ。あれを受けたらひとたまりもない。しかし、ガーゴイルは翼を使って器用に避けている。横からエドが加勢に入るが、こちらもうまくいなされている。
その間にプレアの魔法が完成した。
「炎の矢!!」
ガーゴイルに向かってまっすぐ伸びた火線は、しかし、魔物の表面で爆ぜただけで、ほとんど効果がなかったように見える。それを見てプレアが「効いていない?」と毒づいた。
遠距離魔法では効果が薄い?
思っていると魔物と目が合った。
背筋にぞくりと悪寒が走る。
違う。こいつは低級の魔族であって、アイツではない。それなのに、あの日向けられた、憎悪の目と同じに感じてしまった。
こいつの狙いは、私なのか――?
くだらないことを考えるな。今は、こいつを倒すことに集中だ。攻撃を至近距離から叩き込む必要がある。
力で押し返されて、シェルドがひざまずいた。とどめを刺そうと振り下ろされた魔物の一撃を、割って入ったエドが受け止める。
ガーゴイルの動きが一瞬止まる。この好機を逃す手はない!
私はガーゴイルの懐に潜り込むと脇腹に手を沿える。手のひらから凍気を注ぎ込んだ。
「氷河期!」
手を沿えた部分が凍りついて、それは徐々に広がっていく。ガーゴイルはもがいたが、動けば動くほど傷口から体は凍っていく。
「やったか?」
だがそこで唐突に動きが止まった。魔物の体の中心に赤い点が宿ったかと思うと、そこから炎が噴き出す。
「うわっ!」
たまらず私は手を引っ込める。炎はガーゴイルの体を包み込み、氷を溶かした。
抵抗されたか……!
「……そんな! 魔法が効かないなんて……」
プレアが絶望の声を上げた。
ここから一進一退になった攻防は、しかしあっけなく終息した。
異常を察知したカレッジの先生たちが介入してきて、魔法の集中砲火でたちまちのうちにガーゴイルを包囲殲滅した。現役の魔法使い(しかも教える側)を複数人相手にしては、下級魔族ではひとたまりもなかった。
幸い、こちらはシェルドが軽い怪我をした程度で済んだ。
私たち四人は、そのあとカレッジの査察部の部屋に連れていかれて、さまざまなことを聴取された。
ガーゴイルが現れたとき、何か異常はなかったか。不審な人物を見なかったか。何かおかしなものは見なかったか、いろいろと。
カレッジの周辺には結界が張られている。もし、その結界をガーゴイルが突破していたとしたら、大問題になるからだ。
魔族が結界を突破した事実を、カレッジ側は察知できていなかった。私たちへの支援が遅れたのがその証左だ。
つまり、ガーゴイルはカレッジの結界を中和できるくらいの強力な術者の手によって召喚されたのか、あるいは、そもそもカレッジの内部に直接召喚されたのか。この二択になるのだ。
わかりやすく言おう。
カレッジの内部に、魔族を手引きした人間がいる可能性がある。
これは、由々しき問題だった。
なあ、レイチェル、と帰宅する途中でエドが言った。
「なに?」
「レイチェルのことを憎んでいる人間などいない。……この間、それとなくクラスの連中に聞いてみたんだけどさ、誰もそんなこと思っちゃいないよ」
「そう、なの……?」
「ああ。……誰が何を吹き込んだのか知らないけど、そういった事実はない。考えすぎだよ」
ちゃんと調べておいてくれたんだ。エドの心遣いにじんわりと胸が熱くなった。
「うん。ありがとう……」
これで安心して良いかはわからない。だが、少なくともクラスメイトらの中に、今回の事件に関わっている人間はいないだろう。魔物を召喚するだけならまだしも、使役できるのは、魔物より上位の力を持つものだけだ。昨日のあの状況を見る限りでは、使役されていたと考えるのが自然だ。
クラスメイトの中に、それだけの力を持っている者はいない。
では誰が? そこが問題だった。
「むしろ心配なのはレイチェルのほうだ」
「……私?」
エドは神妙な顔をして頷いた。
「あのガーゴイルさ、レイチェルのことを狙っていたように見えたんだよ。俺の勘違いだったら、いいんだが」
エドも気が付いていたのか。
「……そうだね。私も、実はそのような気がしていたの。ありがとう、いろいろと、周囲のことについて警戒はしておくから」
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