面倒臭がり令嬢ですが反省しました
愛する事はない系のお話。
少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。
「君とは結婚するが、僕の愛を求めるな」
婚約者さま、それって結婚式の当日に花嫁の控え室で宣言する事です?
わたくし、ナディア・ロコッシモの胸中には『コイツ何言ってんだ』という驚きと『結局こうなったわね』という諦念が渦巻きました。
貴族は貴族学園入学前に婚約者を持つのが大半です。わたくしも入学直前の14歳で伯爵家のご嫡男、同い年のジェイムズ・バーン様と婚約致しました。わたくしがバーン家に嫁ぐ形です。
始めの頃はそれなりにお付き合いしていたと思います。ジェイムズ様はなんといいますか少し面倒……いえ少々気難しい性質ではありましたが、表面上は紳士的に振る舞ってましたので。
定期的にお茶会をし、誕生日や季節ごとの贈り物で親睦を深めて参りました。
ですが学園に通い、二年生の時にジェイムズ様は『運命の出会い』とやらを果たしたのです。勿論お相手はわたくしではありません。
とある子爵令嬢と急接近したジェイムズ様は一応隠れて逢瀬を重ねていたつもりでしょうが、バレバレでした。
だって学園の中庭の隅とか、階段の踊り場とか、更には街でデートするにも貴族御用達の店とか、隠す気があるのか無いのか微妙に人目につく場所でイチャイチャしてるんですもの。世の中には親切な御婦人も多いので、すぐわたくしの耳に入りましてよ。
浮気自体は別に構いません。我が国で男性が正妻以外の女性を囲うのは普通ですし、妬くほどの慕情をジェイムズ様に抱いた事はございませんから。
ですが人目につくのは困ります。月日が立つ毎に茶会などの交流が減っているのも困ります。わたくしは空いた時間で好きに過ごせて寧ろ歓迎ですが、立場的にそれを良しとする訳にいかないのです。
我が家は国内でも高位の侯爵家。貴族の誇りも(少しは)心得ておりますのでその娘であるわたくしに配慮しないのは即ち、我が家を侮っていると世間様に思われてしまいます。わたくしとしては放って置きたい気持ちでいっぱいなのですけれど。
なので渋々、本当に渋々、注意はしましたの。
一応は責める口調にならないように気をつけ、「こんな噂を耳にしたのですが」程度に。
すると。
「彼女は友人だ! 君は僕の交友にまで口を出すのか? もう妻にでもなった気でいるのか!」
とまあ、取り付く島もありはしませんでした。彼、ご自分のプライドが何より大切なので、ちょっとした事で機嫌が悪くなるのです。
あと父にも一応相談したのですが、「学生時代の遊びくらい許してやりなさい」と逆に窘められてしまったのです。
貴族の誇りわい。
……失礼。なんでかわたくしが悋気をおこしたかのような言い様に少しイラッとしました。
が、お父様がそう仰るならと引き下がったのです。それ以上の問答は面倒でしたし。
以降はジェイムズ様にも何を言う事もありませんでした。
わたくし、平和をこよなく愛するのです。
叱られるのが嫌なのでお勉強や作法や教養などはそこそこ会得しましたし、波風を立てたくないから社交もそこそこ熟しております。多少は見た目は整っていると自覚してますものの、能力面に於いては何処に出しても恥ずかしくない可も不可もない令嬢ですわ。
主張も滅多にしません。最近の流行りとして殿方にウケが良いのは奔放で感情豊かな女性だそうですが。ジェイムズ様ご執心の子爵令嬢もそんなタイプだと知ってはいますが。ジェイムズ様の関心を引くには多少、わたくしも奔放に振る舞うべきと分かっているのですが。
でも何故、ジェイムズ様のお好みに合わせて今の平穏を崩さなければならないのか、理解できないのです。面倒ではありませんか。
ただ、面倒を放って置くと更に面倒な事態に直面する事もあるのだな、と少々反省しております。
「聞いているのか、ナディア!」
「……怒鳴らないで下さい。聞こえていますわ」
学園在中はほぼ不干渉で、卒業後に結婚式の日を迎えました。
夫となるジェイムズ様は相変わらず子爵令嬢とコソコソ愛を育んでいらっしゃり、わたくしは初夜にでも「君を愛する事はない」とか流行り文句を言われるかと予想はしておりましたが。
まさか、初夜どころか結婚式の控え室で宣言されるとは。
「フン! ならば分かっているな? 僕の愛はただ一人に捧げられる。君が求めて得られると思うなよ」
わたくし、いつこの方の愛とやらを求めたのでしょう?
婚約初期は仲良くしていた、少なくともしようとしていたのは確かですけど、今ではそんな気持ちすら影も形も無いのですが……彼の中のわたくしは彼に愛を求めてやまない存在なのでしょうか。
頭大丈夫ですの??
言ってる内容もさながら、宣言した場所も問題です。
「ジェイムズ様、ここがどこなのかご存知?」
「式場だがどうした。婚姻はしてやるというのに文句でもつける気か? 妻になりたいなら黙って僕の言う事に従え」
そうではないです。
……え? この方こんなに話の通じない方でした?
婚約初期の表の顔が取り繕ったものとは分かってましたけど、これほど…………いえ、元からこんな方だったのかもしれないですね。互いに内面を知る為に茶会等の交流があるのなら、学園に通ってる間、殆ど没交渉だった弊害が出てますわ。
或いは、結婚までこぎつけたので安心し本性を現した、という事でしょうか。まぁ、今となってはどちらでもいいですね。
わたくしは壁際に立つ侍女長に目配せしました。彼女はジェイムズ様の言動に青褪めていたのですが、わたくしの視線を受け、心得たとばかりに控え室を出て行きます。
そうなのです。控え室にいるのはわたくしとジェイムズ様だけではありません。
先程の侍女長及び、我がロコッシモ家の侍女が数名、ウェディングドレスの着付けの為に付き添っています。
「貴方の愛を求めるな、という事はつまり、わたくしとは白い結婚になる、と宣言したという事で宜しいのですの?」
「その通り。いずれ伯爵となる僕の子が次代を継ぐ。しかしそれは『彼女』との子だ」
はい、これもしっかり侍女達に聞こえました。
というかジェイムズ様……ここは嘘でも否定して誤魔化すべきでしょうに。貴族にとって使用人は空気のようなものとはいえ、目も耳も口も持っている生きた人間と認識しておりませんの?
ましてや主家の娘の『婚姻』たる意義が失われようとしているのに、動かない使用人はいません。
「了承しましたわ、ジェイムズ様」
「ふっ、身の程を分かっているようで何よりだ」
あ、勘違いしてらっしゃるわね。
仕方ありません。どうせこれが『最後』です。面倒ですが言わせて頂きましょう。ドヤァとしたお顔が腹立たしいですし。
「ええ。ジェイムズ様との婚姻が如何に無駄か、漸く理解できましたわ。婚約解消か破棄か、どちらにせよ貴方さまのお望み通りに致しましょう」
ジェイムズ様は訝しげに片眉を上げた。
「は? …………なに?」
「何を驚いていらっしゃるの? ジェイムズ様が宣言したのですよ、わたくしとの間に子は作らない、と」
「言ったが……なんだ婚約解消とは? 脅してまで縋るのか、浅ましい! まぁ、どうしても僕の子が欲しいなら気が向いた時に抱――」
「気持ち悪いのでお止め下さい」
「!?」
あら、本音が。
でも変な曲解をしてくるのですもの。その先の言葉が気色悪過ぎて、つい遮ってしまいたくなりました。
「この際なのでハッキリ言いますわ。何をどうしてわたくしがジェイムズ様の愛という、価値も意味もないガラクタ同然の代物を求めると勘違いできるのか。それも疑問ですけれど」
「なっ!」
「かの子爵令嬢との仲なぞ、優先したいならそのまま秘密に囲っておけば良かったのですよ。ですが公の場で宣言するものではありません。更にわたくしとの子を望まないという主張、これが一番いけません。バーン家にわたくしが嫁ぐのは、バーン家に我がロコッシモの血を分ける為。だからこそ貴方様のお父君が我が家に婚約を打診したのでしょうに。その意志なしと貴方様自ら宣告したのですから、婚姻を取り止めるのは当然では?」
ジェイムズ様はクッと目を見開いた。
「は? 僕の父様が打診……? 君が僕に強く恋着したからでは……?」
「誰が言いましたのそんな気持ち悪いことを」
気持ち悪いを二回言ってしまったわ。しかもわたくしの顔が嫌悪で顰められているのが自分で分かります。
その気持ち悪さがありありと伝わったのか、ジェイムズ様は呆然としてました。
えぇ……本当に信じていたの? わたくしがジェイムズ様に恋着してると?
誰よ。ジェイムズ様のご両親かしら? だとしたら息子の育て方も含め、要らぬ事を吹き込んだ責任をきっちり追求させて貰いたいですわ。
「しっ、しかしだな! 離婚などすれば君に瑕疵がつくぞ!」
「離婚する必要はございませんわよ」
「そ、そうだろう!?」
「だってまだ結婚しておりませんもの。瑕疵は付くでしょうが、婚約破棄か解消に対してですわね」
「………………は?」
ジェイムズ様がポカンとしてしまったわ。
まさか、もう結婚していた気でいたの? ……嘘でしょう?
「……一応の確認ですが。神父の前で誓約を交わして結婚と見做されるものですよね? わたくし達は『まだ』婚約者なのですけれど、まさかお忘れだったなんて事は……ございませんよね?」
ジェイムズ様は口をパクパクさせています。……そのまさかですかそうですか。
あ、これは絶対に縁を切りたい。こんな基本的な状況すら判断できないぼんくらでは、結婚した後どんな後始末を押し付けられるか。想像だけで身の毛がよだつ。わたくしは、何度も言うけど平和に生きたいのですよ。
証言は侍女達がしてくれる。問題はお父様ですね。「学生時代の遊び」なんたらとか仰ってましたので。
このままなし崩しに神父様の前へ連れて行かれるようでしたら、グーでお父様を殴りましょう。
面倒臭がりのわたくしですけど、暴れます。人生がかかってます。この目の前にいる男と添い遂げるのは最早、生理的に無理だと本能が警鐘を鳴らしているのです。
が、それは杞憂でした。侍女長が連れて来たお父様は、絵本にあるオーガのような顔相であられたのです。
流石に子を作らない宣言は看過できないようでした。良かったですわ。
お父様を殴る理由も消えて、一安心です。
✵✵✵
後日。わたくしの婚約は、ジェイムズ様有責で破棄となりました。
無事に、とはいきませんでしたけど。ジェイムズ様やお父君のバーン伯爵がゴネにゴネましたし、何より式には数百人もの招待客がいらしたのですもの。皆様に対する謝罪金、我が家に払う違約金諸々はバーン家が傾く額でした。勿論、払わせましたとも。
欲を言えばもっと早く、学生時代にでも決断できればわたくしにもジェイムズ様にも最善でしたが……。
悲しい事に、人は急に方向転換できないのです。心の軌道を変えるにもエネルギーが要るのですわ。そしてわたくし、ジェイムズ様が何をなさろうと余り興味もなかったので、ここに至るまで放置してしまったんですの。反省しておりますわ。
なので、どれほど面倒でも重要な事はしっかり意思表示すると決心しましたの。
ごく最近では、二つ。
婚約破棄の文言に、わたくしへの「ジェイムズ・バーン氏の接近、復縁要請を禁ずる」を盛り込み。
侯爵当主からは、我が家が持つ子爵位をもぎ取り、近々女子爵になる事が決定しております。
一つ目は自意識過剰と言われそうですが、別れた異性に縋るというのは割とあるみたいです。バーン家ではジェイムズ様の相続権を剥奪し、次男に跡を継がせる決定をしたようなので、念の為ですわ。
二つ目は、当然ですわね。離婚にはなりませんでしたけど、わたくしには婚約を破棄したという瑕疵が付きましたので。しかも、結婚式当日の破棄です。噂は市井まで流れてしまいましたので、侯爵令嬢と言えど次の結婚相手が見つかるか分かりませんもの。
ロコッシモ家はお兄様が継ぎますし、わたくしはわたくしで身を立てねばなりません。
領地経営をこれから学ぶのは大変ですけれど、時々お父様やお兄様の仕事を手伝ったりしていたので、なんとかなるでしょう。
甘い見込みですけれど、領民を飢えさせないくらいには手を尽くしますわ。
面倒がっていると、後からツケが回って来ると学びましたので。
お読み頂きありがとうございました。
※感想欄でご指摘がありましたので補足を。
作中の 貴族の誇りわい は
「貴族の誇りはどこへやった?」という意味です。
父侯爵は日頃からナディアに「貴族は舐められてはならない、蔑ろにされる事があってはならない」と説いていたのに、能天気に対応されイラッとして出たエセ大阪弁です。
某芸人さんのツッコミが好きなので使ってしまったのですが、困惑する方もいるという事を失念しておりました。
いっそ本文を変更した方が良いかとは思いはするものの、後文の苛立ちに一言でスパっと繋げられる一文が閃かず……。このまま使用する事をご容赦下さい。
力量不足は痛感しておりますが、精進したく思いますので。
まあ頑張れよ! と見守って頂ければ幸いです。




