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おまけ #7




 おまけ #7,〝五倍のお仕置き〟。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「――お尻叩きだけはどうかご勘弁を!!!!!」


 大人になった今、そんなことをされたらきっと〝心が折れて〟しまう……そう考えた私は涙ながらに懇願し続けていると、ようやく霊王様の首が縦に振られた。

「――はぁ、そんなに嫌なら仕方がないの。……では明日、妾の部屋にくるがよい。尻を叩く以外の仕置きを考えておいてやろうではないか」

「あ……ありがとうございます!!!」

 お尻叩き以外であれば、どんなに苦痛を伴うお仕置きでも耐えられる!

 そう思い、翌日の朝、私は霊王様の部屋に行くと……信じられないことが起こった。

 それは……

「……あ、あの……れ、霊王……様? これは、いったい〝何〟です、か……?????」

「ん? 何って……決まっておろう。〝服〟じゃ」

「〝服〟って……だって、こんな……」

 ……霊王様から渡された〝服〟を今一度私は見てみると、やはり、と言うべきか、どう見てもそれは〝服〟には見えなかった。

 だって、そこにあったのは、まさに――


 〝白いヒモ〟


 だったのだから…………。

 ……はっきり言って、リムルさんが普段着ている過激な服よりも布面積が少ない。もしこんなのを着たら、ほんの少し動いただけでも見えて…………

 ……。

 ……。

 ……。

「!? ま、まさかッッ!!!!!??????????」

 ニタリ。霊王様は冷たく笑って答えた。

「その、〝まさか〟じゃ……エルよ。お前にはこれから〝三日間〟。その服装で普段の生活をしてもらう。……ああ、もちろん。手や翼などで隠せんようそれには〝魔法〟がかけておってな? もし隠そうとしたりすると、かなり強い〝電流〟が流れる仕組みとなっておる。……ま、用心せぃ」

「………………」

 …………え? う、ウソですよね、霊王様? そんな、まさか本当にこんな格好をさせるわけが――


 ――朝の食堂。


「あ、エルさん、〝リムちゃんみたいな服〟着て――」

「シーダ!! 見ちゃダメ!!!」

 パシン! 顔を真っ赤に染めながら、ファナさんは必死にシーダさんの視界を両手で隠し、私の下から〝逃げて〟行った。

 …………この、ファナさんたちの反応を見れば、もうお分かりだろう。

 ……そう。私は着せられたのだ。この、


 どう見ても〝ヒモ〟な服を……。


 ざわざわざわざわ……。

 ひそひそひそひそ……。

 ……人が多すぎて、そこにいた人たちの言葉が聞き取れないのは、ある意味〝救い〟か、それとも〝絶望〟か……とにかく、私は隠すことも許されないソレを、最悪外れてしまうことがないようにとゆっくり歩き、一番近くの空いていた席に座った。

 ……そして、

 ぶわっ! ――私は、テーブルに突っ伏して……恥ずかしさのあまり泣いてしまった。

 こ……こんなのあんまりです! いくら何でもひどすぎます!! てゆーか、これならお尻を叩かれた方がよっぽどマシだったじゃないですか!! 何で私はあの時、お尻叩きだけは嫌だなどと言っ――


『フフフ、人類の偉大さは〝恐怖に耐える誇り高き姿にある〟……人間界に存在する、とある国の史家の言葉です』


 ――はっっ!!!

 刹那、私の脳裏には、あの時の……冥王様の言葉が過った。

 ……そ、そうか! 私はあの偉大なお言葉を聞いてなお、〝恐怖〟してしまったんだ! だからこのようなことに……!! くっ!! つまりこれは、私自身の〝責任〟!!

 ――立ち向かわなければならないはずの〝恐怖〟から逃げ!

 ――受けなければならない罰からも逃げ!

 あまつさえ、できる限り軽いお仕置きにしてもらおうとした、この〝穢れた根性〟!!!

 ……。

 ……。

 ……。

 ……冥王様、申しわけありませんでした。あなた様の〝勇姿〟を見届けてなお、私は……私は……!!


 ――決めました!!


 ばっ!! 私は顔を上げ、しっかりと正面を見つめた。

 その結果、全員の視線が私に降り注いでしまったけれど、もうそんなものは関係ない!!

 私は、どんなに恥ずかしかろうと! どんなに屈辱的であろうとも! もう決して、俯いて泣いたりなんかしない!! これは、私に与えられた〝試練〟なんだ!! 私は絶対に――


 この〝試練〟を乗り越えてみせる!!!!!


「……………………ふっ」

 ……皮肉なものですね。先ほどまであんなに恥ずかしかったのに、〝試練〟を受け入れると誓った瞬間から、恥ずかしさをまるで感じなくなりました。

 この調子ならば、与えられた〝三日間〟という〝短い〟時など、すぐに――


「――あら、エルじゃない。こんな所で会うなんて奇遇ね?」


 ……え?

 突然声をかけられ、肩越しに振り向いた先……そこには、

 腰まで伸びた、長く美しい金色の髪に、

 全てを包み込むかのような、大きな白い翼。

 金の装飾が施された、煌びやかな蒼い軽鎧に、

 そして何より、幼い頃からずっと見てきた、怖いけど〝優しい〟つり目……。

 間違いない。そこにいたのは、私の〝お母さん〟。フレイヤ様だっ――

 ……。

 ……。

 ……。

 ぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼた…………。

 瞬間、だった。そこにいたのがお母さんであることに気がついた私の全身からは、それこそトウガラシの時に流れてしまったそれを遥かに超えてしまうかのような、大量の冷たい汗が流れ落ちてしまっていた。

 身体中が震えて止まらない!! いや! というか、普段〝秘王の封印〟を護っているはずのお母さんが、なぜここに!? あれ!? この間休んだばかりのはずだから、まだ当分お休みじゃないはずじゃあ……!?

「実はね?」――と、後ろから話しかけているせいで、椅子と翼で私の服装が見えないのだろう。お母さんは普段と同じ口調で、普通に続けた。

「今日の午後、リムルちゃんの事件について決まったことを、神王様が神兵のみんなに伝えることになっていたのだけれど……どうも、神王様のお身体の調子が悪いみたいなのよ。それで急きょ兵士長の私が代わりに神兵のみんなに説明をすることになった、というわけ。……ああ、ちなみに今さっきこちらへ着いたばかりなのよ?」

「そ……そうだったん、ですか…………」

 …………ま、マズイ!!!!!

 内心、私は大声で叫んでいた。

 今の私は、〝変態〟みたいな……否! 〝変態そのもの〟な姿だ! こんな姿をもしお母さんなんかに見せたら……真面目なお母さんのことだ。きっと、お母さんはショックで倒れ、寝込んでしまうことだろう! それだけは何としても避けなければ!!

 しかし……どうやって!!? どうやったら、お母さんに見られず、かつ自然に、この場から逃げることができると言うんですか!!?


『フフフ、人類の偉大さは〝恐怖に耐える誇り高き姿に――うるさい!! 今それどころじゃないんです!! 回想の冥王様は黙っていてください!!


 ……前半の誓いがどこへやら? 無論そんなことも考えている場合ではなかった私は、急ぎ頭を回転させ――

「――あ、ちょうどよかったわ。私、これから朝食をいただこうと思っていたところなのよ。エルもよかったら一緒にどう?」

「えっ!!? いえ、あの……わ、私はもういただき終わってまして、だからあの……!!」

「あら、そうなの? じゃあ、何か温かい飲み物だけでも……それなら構わないでしょ? ほら、いっしょにもらいに行きましょう?」

「いや、あの……そ、それは……!!」

「……???」

「……あ、あの、だから、その…………ッッ!!」

「……」


 ………………。


「…………エル……あなた、何か〝隠して〟いるわね?」

 ギックゥッッ!!!!!

 はっ!? しまった!! ――そう思った時にはもう遅い。私の反応を見て、お母さんの目は鋭く細められた。

「……へー? 図星なのね?」

「……ッッ!!」

 むしろ隠せるものなら隠したいくらいです! そう叫びたかったけれど、まさか言えるわけもない。私はまさに、ヘビに睨まれたカエルのように、身動き一つ取ることはできなかった。

 ……だけど、それもほんの数秒。


 ――遂に、その時はやってきた。


「――いったい何を隠しているの、エル!! 大人しく白状なさい!!」

「ひっ!? い、いやっ!! こないでくださいお母さん!!」

「なっ!? 親に向かって、こないで、とは何ごとですか! そんな子に育てた憶えは――」


 ぐいっ! ――ぽよん! ぽよんぽよん…………。


「…………は?」

「……~ッッ!!!」

 ――刹那、文字どおり、〝・・〟になるお母さんの目。

 ――隠すこともできず、肩を勢いよく掴まれたせいで揺れる、〝ヒモ〟だけ付けた私の胸。

 バターン!!

 ……それを見て、お母さんが倒れるまでにかかった時間はそう長いものではな――

「――って!? お、お母さん!? しっかりしてください!! これには深い理由があるんです!! だから、だからぁ!!!」


 おかーさーーーんッッッ!!!!!!!!!!


 ――その後、お母さんが丸一日目を回し続けたことにより、リムルさんの事件についての報告は、後日改めて、神王様かお母さんの体調が回復してからということになり、

 そして、何よりも……お母さんの誤解を解くために、私は、服着用期限でもある三日間を遥かに超える、〝十五日〟の時を要するのだった…………。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 おまけ #7,〝五倍のお仕置き〟。 終わり。




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