2-4 神界到着。
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「――着いたみたいですね」
朝ごはんを食べていると、突然エルさんがそう話した。
「着いた…って、神界に?」
ええ。とエルさんは頷いた。……出発する時にも思ったけれど、この馬車って本当にどうなっているんだろう? 窓から見える景色はずっと動いているのに、馬車の中は揺れの一つも感じないのだ。
「ほら、窓の外を見てください。きっと驚きますよ?」
え??? お姉ちゃんと顔を見合わせて首を傾げたボクたちだったけれど、くいくい、と窓辺で手招きをするエルさんに誘われてそれを覗き込んでみると、瞬間、思わず声を上げてしまった。
「――すっごーい!!!」
「葉っぱ! 葉っぱが〝金色〟だよお姉ちゃん!!」
――窓の外。そこに広がっていたのは、一面に広がる草木が全て淡い金色の光に覆われた、まさしく〝黄金の原っぱ〟だった。
「きれー……エルさん! 本当に着いたんですね、〝神界〟に!!」
お姉ちゃんがその原っぱに目を輝かせながら聞くと、ええ。とエルさんは微笑んで答えた。
「――ここは〝王都・アスガルド〟。神界の〝王〟、〝神王・ウォーダン〟様の神殿が建つ、聖なる領域です」
「神…王、さま……?」
……あまり馴染みのない言葉だ。というより、ボクたち人間にとって神さまなんていうものはあまりにも身分が違いすぎる存在であって、その神さまにも身分の違いがある、何て考えたこともなかったのだ。ただ、〝王〟さまだということは、つまりは国で一番偉い人である、ということで間違いはないだろう。
へー? ……ボクと同じようによくわかっていないのか、一応の相槌を打ったお姉ちゃんは、続けて聞いた。
「えと…それで、私たちはこれからどこに行くんですか? ……ま、まさか、研究所…とか?」
え? 首を傾げたエルさんは、しかしすぐにお姉ちゃんが聞いた意味を理解して話し始めた。
「――ああ、そのことなら安心してください。確かにこれから向かうのは研究所のような所ではありますが、怖い実験や痛い実験は絶対にしないように私から話はとおしてありますので、あなたたち二人は何も気にせず、ただ質問に答えたり、話を聞いていてくれたりすればそれで結構ですので」
「あ、そうなんですか…よかった」
ほっ、お姉ちゃんはため息をついた。それを見てエルさんはまた、ふふ、と微笑む。
「安心しましたか? では、朝ごはんを食べ終わり次第出発しますので、準備をお願いします」
「「はーい」」返事をしたボクたちは、それから席に戻って急いでご飯を食べた。
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――神界の町は、やはり、と言うべきか、私たち人間の世界の街並みとは、全くの別物の世界だった。
例えば、馬車を降りてすぐの、町の入り口の所にあった緑色の大きな屋根が特徴的な建物だけど……その軒下には何やら、銀色の妙な装飾が施された土台の上に〝黒い大きな球〟が置かれていたのだ。
大きさは、それこそ私みたいな子どもちょうど一人分……いったいこれは何だろう? なんて私が思う方が速いか、そんな物を今までに見たことがなかった弟が興味津々に目を輝かせてそれに触れてみると、瞬間、急にその球が光り出し、慌ててエルさんが止めに入る、という事件が起こった。……私もそれを見て慌てて弟を捕まえて謝ったのだけれど……それがいったい何なのかはあの場では聞けなかったため、結局、最後までその〝黒い球〟の正体はわからずじまいだった。
他にも不思議に思ったのが……特にそう、あの木の棒に刺さった、小さな〝雲〟だ。
それは町の真ん中くらいの所を歩いていたら見かけたのだけれど、雲といえば当然お空に浮かんでいるわけで、これもまた当然、飛べない私たち人間はそれを取りに行けない定めにある。
なるほど、〝雲屋〟さんか……確かに、エルさんみたいに飛べる神さまたちだったら、雲を千切って持ってきて、それを日照りが続いた時なんかに出せば雨を降らせることができる。これで水不足の心配はなくなるわけだ――何て、感心していたのもつかの間。どうやらそれを買ったらしい神さまの子どもがいて、後で雨を降らせるんだろうな~と思っていたら、なんと、驚いたことにその雲を〝食べて〟しまったのだ! それにはさすがに、「え!?」と叫んでしまった。
……これはそのあとで思い出したことなのだけれど…そういえばいつか、私たちの町にいたおじいさんに聞いたことがある。――神さまっていうのは、〝かすみ〟…つまりは〝空気〟を食べるのだと――空気に比べれば、雲はまだ形がある……それを考えれば…まぁ、おおよそではあるけれど、何となく、それについては理解することができた。……これが〝文化の違い〟というやつなのか、と……。
――ああ、ちなみに、ではあるけれど、どうやら同じ神さまは神さまでも…つまり〝神族〟とはいっても、みんながみんなエルさんみたいに翼が生えていたり、髪が金色というわけではないらしく、見た目も、着ている服も、私たち人間と全く同じような人もいる、ということを、そこにいた店主さんや歩いている人たちを見て初めて知った。
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――と、まぁ、そんなことを挙げていくと切りがないので、そろそろこの辺で一旦話は区切るけど……とにかく、だ。そんな、私たちの住む世界とはまるで違う世界の町をエルさんの後について歩いて行くと、最終的に私たちはその町の一番奥に建てられていた、今までに見たことがないくらいの大きなお城――いや、〝神殿〟ってエルさんは言ってたかな? ――にたどり着き、ここが目的地だとエルさんから説明され、中へと案内された。……しかし、予想外だったのはここからで、その建物の中は想像以上に入り組んでいて、少しでも道を間違えるとすぐにでも迷子になってしまいそうだったのだ。そのため、私は弟としっかり手を繋いで、とにかくエルさんを見失わないようにとだけ考えてその後に必死に続いて行ったのだけれど……
――結果、
「……どうしたの、お姉ちゃん?」
――案内された部屋の中。そこにあったソファーにまさに倒れ込んでしまった私を見て、弟が聞いた。
「う…うん。ごめんね……なんか、迷子にならないように気を張ってたら、気疲れしちゃったみたいで……ちょっと休ませて……」
へー、と気のない返事……どうやら私の弟の中には、気疲れ、という言葉はないらしい。その証拠に、そんな私のことはさっそく放っておいて、何これー! と部屋の中にあった装飾品をいじって遊んでいた。
「……すみません、気づかなくて」
と、そこに戻ってきたのは、先ほど部屋の奥へ何かを取りに行ったエルさんだった。見ればその手には湯気の立ったカップが三つ、お盆に乗せられていた。
「よかったらどうぞ。神界のお茶です。お口に合えばいいのですが……」
「あ、ありがとうございます…じゃあ、さっそく……」
起き上がった私は、ちょうどのどが渇いていたということもあり、すぐにそれに口をつけてみた。
すると……麦茶…と緑茶の間のような、とりあえず紅茶とは違う、そんな何とも言えない風味が口いっぱいに広がった。
普段川から汲んできた水をそのまま飲んでいるような私たちだから、お茶とかには全然詳しくなかったけれど…しかしそれでもはっきりと、このお茶はおいしいということがわかった。
「とってもおいしいです。ありがとうございます、エルさん」
「ふふ、それはよかったです」
さて――エルさんはカップをテーブルの上に置くと、「お隣、よろしいですか?」と一言私に断り、どうぞどうぞ、と慌てて場所を空けた私に頬笑みかけながら、静かにソファーに腰を下ろした。
「……では、これからの予定について、ですが…一応は向こうの、研究所の準備が整い次第我々はそこに向かう、ということになっています。とはいってももちろん、あくまであなたたち二人は現在、神界にきていただいた〝お客さん〟という形になっていますので、実際のところは向こうが準備を完了させた後、我々が都合のいい時にそこへ向かう、という形になりますね。詳しい研究の内容等は後ほどそこで話があるとは思いますが……それ以外で、何か質問はありますか?」
「あ、い、いえ、これといって特には……」
……本当はあの〝黒い球〟のこととか、食べてた〝雲〟のこととか、神界のことについて色々聞きたいことはあったのだけれど……何だか、疲れている今その話を聞くと、神界にきて一気に新しいことを詰め込んだせいで、パンク寸前になってしまっていた私の頭が本当にパンクを起こしてしまいそうだから、止めておこう……そう思って私は聞くのを止めた。
「そうですか……では、シーダさんは何か質問はありませんか?」
「え?」――声をかけられて、装飾品の鈴を鳴らして遊んでいた弟が戻ってきた。
そして……
「質問? じゃあ、あの〝黒い大きな球〟ってなぁに?」
こふ、と飲んでいたお茶を思わずこぼしそうになってしまった。……どうやら弟もあれのことが気になっていたらしい。
……まぁ、質問してしまった以上は仕方ないな。そう思って、私はパンク寸前の頭をなるべく整理して……
「――ああ、あの球のことですか?」とエルさんはそんな私の気も知らず、質問に快く答えた。
「あれは〝交差転移方陣〟と言いまして、簡単に言えばあの球同士が交差する場所に――」
――あ、ダメだ。パンクしちゃう。
そう思った、その時だった。
「――! あ、すみません。ちょっとお待ちいただけますか?」
と、突然、エルさんは何やら何もない空中に向かって、ぶつぶつ、話し始めたのだ。どうやら、たぶん魔法でどこかにいる相手と話しているらしい。
……話が中断されたことには正直助かった、と思ったけれど……いったい、どうしたというのだろうか? 何だか、話しているエルさんの横顔はいつもにも増して真剣そのものだった。
……何か問題でも起きたのかな? 何て思っていると、エルさんはそれから、「了解しました」とだけ呟き、すぐにソファーから立ち上がった。
「――すみません、ファナさん、シーダさん。先ほどの研究所に向かう件は〝なかったこと〟にしてください。代わりに、これからすぐに〝神王〟様の下へ向かうことになりましたので、私についてきていただけますか?」
「ああ、はい。私たちはべつにかまいませ――」
……。
……。
……。
「――〝神王さま〟!!???」
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