7-5
――王都アスガルド・中央通り。
基本的に神界のお店が多く立ち並んでいるその場所には、実は魔界や精霊界、人間界の物品を扱うお店が数多く存在している。
例えば、私から見て右にあるあの果物屋さん。神界では有名な物ばかり並んでいるその陳列棚の端には、リンゴやナシ、バナナなど、人間界原産の果物が比較的安価で並べられている。
なぜ、神界の中心に位置するこの都に、遠く離れた人間界の物があるのかというと、答えはそれほど難しいものではない。
〝貿易〟――そう。神であっても人間であってもそこは変わらない。お互いの世界にある物を他の世界に輸出、輸入し、利益を得る。そうすることによって世界は繁栄し、交流も深まるということだ。
……ずっと神殿の中にいたし、久しぶりにこんな賑やかな場所にきたら、きっと三人は大はしゃぎするんだろうな~……何て思っていると、さっそく――
「「「わ~!!!」」」
そんな光景を目の当たりにし、三人は各々声を上げた。
「すご~い! 色んな物が売ってる~! あ、あの川魚、〝イワナ〟だ! ボクたちの町でも獲れるやつ! もしかして、メイミルの町で獲れたのかな!?」
「シーダ! あのパン屋さんも見て! ほら、〝ピザ〟が売ってる! 食堂のおばちゃんたちは誰も〝ピザ〟を知らなかったから、あれも人間界の物なんだよ!」
「あ! あれは! 魔界に生えてる〝苦虫草〟!!? 食べても苦いだけで美味しくないし、なぜだか〝辛い気分〟になるだけの無駄な草! 何であんな物が売られてるの!? それこそ無駄すぎない!!?」
「あ……あはは……」
……まぁ、予想どおりではあるんだけれど……ちょっとはしゃぎすぎかな?
このまま騒がせていると、周りの人たちに迷惑がかかってしまうかもしれない。そう考えた私は、慌てて三人に話した。
「――さ、さぁ、皆さん! ここはたくさんの人たちで溢れていますので、迷子にならないよう、しっかりとついてきてくださいね? 分かりましたか?」
「「「は~い!!」」」
うん。いい返事ですね!
私はそれを確認してから、「では、出発しますよ~」と三人に声をかけ、通りをゆっくりと、子どもの歩く速さに合わせて進んだ。
すると、後ろでシーダさんたちが……
「あ、ねぇ、お姉ちゃん? 翼が生えてる神族の人と、生えてない人って何か違うの?」
「え? そりゃあ、飛べるか飛べないかの違いなんじゃないの? ほら、エルさんが飛んでいるところは何度も見たことあるけど、神王さまが飛んでるところは見たことないでしょ? 同じように、リムちゃんは今こうやって飛んでるけど、魔王さまは飛べないし……」
「……何でそんな違いが出るの? ボクたちだって獣人で、普通の人間の人たちとはちょっとだけ違うけど……でも翼が生えてる人なんか見たことないよ? せいぜい耳とかしっぽとかくらいだよね?」
「それは……えーと……???」
「ふふふ♪」
私は歩を進めながら、ぶつかってしまわないように前を向いたまま二人の疑問に答えた。
「残念ながら、なぜ翼がある神族とそうでない神族が産まれてくるのか? 仮説はあれど正確な理由までは分かってはいませんし、実際、天使科と地神科の違いは、ファナさんの言うとおり〝飛べるか飛べないか〟くらいしかありません。もっとも、神王様ほどの方になれば、魔法で空を飛ぶことは容易ではあるんですけどね?」
「へ~? だって。シーダ?」
「ふ~ん? じゃあ、魔族も同じなんだね?」
いえいえ。私は一瞬だけ肩越しにシーダさんの方を振り向き、すぐに前に向き直って答えた。
「魔族はまた別ですね。魔族は神族よりも多くの種が存在していて、その中でも悪魔科と堕天使科……つまりはリムルさんと魔王様はかなり近い種になります」
「近い……って?」
「〝翼の出し入れ〟ができるんですよ。堕天使科は」
私は背中の翼を一生懸命内側に折りたたんで見せながら話した。
「このように、元から翼が生えている人は、翼をこれ以上縮めることはできません。しかしながら堕天使科である魔王様は、翼を〝身体の中〟しまうことができるんですよ。――とは言っても、こちらもなぜそんなことができるのか? それにいったい、どのような意味や役割があるのか? は、分かっていないのですけれどね? 魔王様は、『寝る時楽だぜ~?』とか、おっしゃっていましたけど……」
「ああ、確かにあたしも寝る時、翼がジャマだと思ったこと何度もあるかも……エルさんも思ったことない?」
リムルさんは私の真上に飛んできたため、私は上を見ながら話した。
「確かにそうですね。あればあったで便利ですけど、寝る時だけは……ほら、寝返りをうった時だとか、たまに、痛っ! って……」
「ああ! それあたしも何度もあるある~♪ ……もしかして、それをなくすために〝進化〟したとかなのかな?」
「ふふふ、かもしれませんね? だとしたら、そのうち尻尾とかもしまえるようになりそうな気もしますけどね?」
「あ! そうそう! このしっぽもジャマなんだよね~! 無駄に敏感だから、触られると、ひゃん! って変な声出しちゃうこともあるし~」
「……ね~? そんなことより、お菓子屋さんまだ~?」
……自分で質問しておいて勝手な弟だな……と、リムルさんは思ったらしい。むむ! とそんなシーダさんを睨みつけていた。
私はそんな二人の様子を微笑みながら眺め、すぐに答えた。
「大丈夫。もうすぐ着きますよ、シーダさん? ――あ、ほら見えてきました!」
「え? どこ?」
あそこですよ、ほら――立ち止り、シーダさんのすぐ脇にしゃがんで目線に合わせて指差すと、瞬間シーダさんは声を上げた。
「すっご~い!! 〝お菓子の家〟だ~!!」
そう。大通りから幾本も伸びる小道の一つ……私が指差した先にあったのは、そこでひと際目立ちに目立つお店……名前も見た目も【お菓子の家】という、王都でも有名なお菓子屋さんだった。
「あのお店は私が小さい頃、よくお母さんと……って、それどころではないみたいですね?」
「わかってるなら助けてエルさん~!!」
ギランギラン! ともはや極上のエサを目の前にした猛獣である。ファナさんは、そんなシーダさんの服を必死に引っ張り、猛獣を食い止めていた。
ふふふ、とそんな様子が微笑ましく思ってしまった私は笑ったけれど……ホントにそれどころではなさそうだ。さっそくファナさんは引っ張る力で負け、ずりずり、きゃ~! と逆に引きずられて行ってしまっていた。
「――ああ! シーダさん! 落ち着いてください! お菓子はいっぱいありますから! 逃げませんから! ……何種類かは〝逃げます〟けど…………」
「!!? に~が~す~も~ん~か~!!!!!」
「きゃ~!!?」ずりずりずりずり……。
「……エルさん、今のは嘘でも〝逃げない〟って言うべきだったんじゃ……?」
「……あー……そうですね……と、とにかく! 私たちも早く行きましょう! あのままではシーダさんにお菓子を食べ尽されてしまいかねません!」
そう叫ぶように言った私は、リムルさんと同じように空を飛び、慌ててシーダさんの後を追った。




