7-2
「も、もう…………だめぇ……!!」
――訓練場。
リムルさんが〝秘王の分身〟に身体を乗っ取られるという事件が起こってから、三週間。
未だ各世界の上層部では、今後似たような事例が発生した場合どうするか? また、通常有り得るはずもない、普通の悪魔科のリムルさんが〝獣化〟した原因、及び再び〝獣化〟してしまった場合の、その対策が話し合われる中。霊王様の――
『終わったことでいつまでもぐずぐず言うとるでない! 対策なんぞ、そんな小難しい話は専門にしておる大人に任せて、お前たち子どもは今までどおり訓練じゃ!!』
――というお言葉に助けられ、リムルさんやシーダさんの傷も完治したことから、私たちは今までどおり変わることのない訓練を続けていると……ぱたっ! とこれもまたいつもどおり、霊王様の〝少々〟厳しい修行によってリムルさんが床に倒れ込んだ。
瞬間だった。
「うむ、全員集合じゃ!」
霊王様からの、訓練終了の合図。
それを聞いた私は、シーダさんとの体術の訓練をすぐに止め、シーダさんとの訓練の間、座って文字の勉強をしていたファナさんも連れて、急ぎ霊王様の下へ走った。そして、すぐに一列に整列する。……無論、それには倒れていたリムルさんもなんとか身体を起こし、ガクガク、と笑う膝と共に並んだ。
うむ、とそれを今一度確認した霊王様は、咳ばらいを一度。改めて話した。
「――皆、今日も訓練ご苦労じゃったな。明日は訓練が休みの予定となってはおるが、今日やったことを忘れず、次の訓練に活かせるように! ……以上じゃ。解散!」
「やったー! 休みだー!!」
霊王様が話し終わるのとほぼ同時だった。
万歳のポーズで大声を上げたリムルさんは……よほど疲れていたのだろう。喜びを表すそのポーズのまま、再び床に仰向けに倒れてしまったのだ。
……仰向けに倒れても頭を打ってしまわないあたり、相当倒れ慣れてるな~……などと思っていると、それを見た霊王様が呆れたようにため息をついた。
「はぁ……おい、リムルよ。お前なんじゃその様は? 今日の訓練などいつもより楽な内容だったではないか。しっかりせんか!」
だって~! ゴロロン、と床を転がりながらリムルさんは答えた。
「疲れるものは疲れるんだもん~! てゆーか、いくら今日が楽でも、昨日とか、一昨日とか、いつも大変なんだから、疲れくらい溜まるって~!」
「疲れ……はぁ、やれやれ。これじゃから最近の若い者は……よいか、リムルよ? 今現在お前たちに課しているこの訓練はじゃな、言わば〝子ども用に楽な〟訓練なのじゃ。……訓練を行っている時間的に見てもそうじゃろう? 週に五日。いや、実際今は文字の勉強もさせておるから、実質四日か……ともかく、その時間は午前の十時~十二時までと、午後の十三時~十五時までの、合わせてたった〝四時間〟だけじゃ。訓練が終わって遊んでおる時間の方が遥かに長いではないか!」
「む~……そうだけど~……」
「分かっておるのならばそんな所にいつまでも寝ておるでない。ファナやシーダと共に遊んでこんか! シーダなんぞ訓練が終わったばかりだというのに、もう遊びたくて目を輝かせておるのじゃぞ?」
「……え?」
言われて、私も思わずシーダさんの方を見ると……ホントだ。たぶん尻尾が生えていたら、それを思いっきり左右に振っていたことだろう。そう思わずにはいられないほど、シーダさんは目を輝かせていた。
「……え、何? 遊びたいの、シーダ?」
一応、といった感じにリムルさんが聞くと、シーダさんは「うんうんうん!!!」と首を三回縦に振った。……見た目どおりの答えだ。
それに、あはは、と小さく笑ったファナさんが話す。
「シーダの体力はもうとっくに普通の人間族の体力を超えてるらしいからね。……大人顔負け、っていう言葉が神界にはあるらしいけど、シーダを見てるとまさにそのとおりだと思っちゃうよ」
「「……確かに」」
思わず私まで呟いてしまった。それには霊王様も、かかか、と笑い、そのまま続けた。
「ほれ見たことか。さっさと遊びに行かんか」
「むむむ~……は~い」
返事をしてから、転がってうつ伏せになったリムルさんは、パタパタパタ、と翼を羽ばたかせ、立ち上がった。
「――で、何して遊ぶの? また〝羽打ち〟とか言う、羽の付いたボールを板で打ち合うやつでもする?」
「え~! ヤダよあれ~! だって、リムちゃんもお姉ちゃんも、すっごく〝弱っちい〟んだもん! 何であんな遅いの打ち返せないの?」
「ぐ……弱っちぃって……しょうがないでしょ! だってシーダは体力の他にも、身体能力のほぼ全部で大人並みだっていう話じゃない! そんなのにあたしたちみたいな女の子が勝てるわけないじゃん! ちょっとは手加減してよ!」
「えー! それだと余計につまんなくなっちゃうよ~! ……ねぇ、霊王さま? 精霊界の遊びとかで、何かおもしろいのはないの?」
「相変わらず唐突に話を振るやつじゃな、お前は……あ~、そうじゃな、では――む?」
と、その時だった。突然霊王様は、何もない中空に向かって話し始めたのだ。
それを見て不思議に思ったのか、ファナさんが私に聞いてくる。
「エルさん、あれって確か……〝遠話〟? とか言う名前の魔法ですよね? 霊王さま、誰かと話してるんですか?」
「ええ、たぶん。――ただ、〝遠話〟には二種類の効果がありまして、一つは大勢の人たちに同時に声を届けること……以前に私がメイミルの町で使ったものですね。それと、あともう一つは、話したい相手とだけ話す、というものです。……今回はこの二番目の方ですから、会話の内容は私たちには聞きとることはできませんね」
「なるほど……」




