6-21
〝ハイジャ〟が操り始めた視線の先……そこにあったのは、〝剣の破片〟だった。
床に……おそらく、神王やエルさんが何度も斬りかかり、相当な数の剣を折ったのだろう。無数に落ちていたその破片の一つをあたしは手に取り、それを〝自分の胸に〟刺したのだ。
『ば……かな……〝自害〟だと……!? ――く、くそっ!! こうなったらまた誰かの中に!!』
「させ……ない……」
……あ? そんな、マヌケな声を上げるハイジャに、あたしは〝余裕の顔〟で言ってやった。
「がふっ……させ、ない……あんたは、あたし……が……」
『……は、はっ!! 強がりはよせよ! お前は自分で胸に剣を刺したんだぜ!? そんな状況でいったい何ができるって……はっ!!?』
気がついた? そう呟いた〝あたし〟の視線の先……そこには、胸に刺さった剣。〝そこ〟から体内に向かって伸びる、〝赤いマナ〟だった。
『ま……まさかお前……ッッ!!』
ピンポーン……最後の最後にあたしはハイジャのマネをして、言い放った。
「〝これ〟……あんたが教えて、くれたん……だったよね……ありがたく、使わせて……」
『や……やめっ――』
――パンッ!!
……瞬間、だった。
あたしの身体の中で響いた爆発音……ハイジャの、〝最後の悲鳴〟だった。
ブシュウゥゥ……次の瞬間、爆発と共に外に弾き出された剣の傷痕から、信じられないくらいの血が噴き出した。――〝鳳仙花〟の性質上、たとえ体内で爆発が起こっても、それ自体であたしがダメージを負うようなことはなかったけれど、剣はあたしの〝心臓〟にまで達していたのだ。抜けたその痕から血が噴き出すのは当然の結果だった。
ドサッ……それからあたしが倒れるまでにかかった時間は、そう長いものではなかった。
薄れいく視界の中……あたしの目に映ったのは、倒れる弟の隣で必死に叫び声を上げているファナの姿と、おそらくは回復の魔法を使っているのだろう。緑色の光に包まれた霊王さまの姿と、青い光に包まれたエルさんの姿があった。
……しー……だ…………。
あたしは声を上げようとしたけれど、声が出ない……いや、それ以前に呼吸すらできなかった。
でも……全然、苦しくはなかった。
あたしはただ……どんどん〝眠く〟、〝重く〟なっていくまぶたを必死に持ち上げながら、ただ、弟の無事だけを……祈って……
くんっ――突然、視界が横に流れた。
あたしはそれにどうすることもできず、動かない身体……唯一動かすことのできたかすんだ視界でそれを見ると……どうやら、誰かがあたしに回復魔法を使ってくれているらしかった。同じく、薄ぼんやりとではあったけれど、緑と青の光が見えた。
それはだんだんと〝濃く〟、〝鮮明〟になっていき、その魔法を使ってくれていたのが神王と魔王の二人だということがわかったその時、あたしは――
「ごほっ! ごほっ! ……あ……れ……あた……し……?」
「――やったぞ! おい霊王! こっちは意識を取り戻したぞ! 無事だ!!」
「だがまだ安心ならねぇ! こんだけ血が出てんだ! いくら俺様たちの回復魔法でも、この出血量はすぐには……!!」
「あ……れ……???」
あたし……〝生きてる〟? え……? でも、確かに心臓を……ッッ!!
そんなことより!! 思ったあたしはすぐに起き上がろうとした――しかし、
「ぐうぅっっ!?」
胸に激痛が走った……いや、それどころではない。ハイジャから身体を奪い返した時のあの激痛……それがまた、あたしの全身を襲ったのだ。
「リムルさん!? ――いけません! あなたはまだ動ける状況では……!!」
声を上げたのは冥王だった。
両手から伸びる白い光……どうやら、冥王はあたしと弟の治療のサポートをしてくれているようだった。
あたしは、そこに向かって精いっぱいの声で話した。
「おねが…い……あたし、を……シーダの、ところ…へ……」
「「「!!?」」」
「……ちぃっ!! おい魔王!」
神王は魔王がはめていた手袋をあたしにはめるように言うと、すぐに答えた。
「――いいか? 俺たちの魔法である程度は治したとはいえ、お前自身の身体はまだ、相当に〝危険〟な状況だ! 絶対に無理して動くんじゃねーぞ! いいな!?」
……こ、く…………あたしは、ゆっくりと頷いた。
それから神王と魔王はあたしを魔法で宙に浮かせ、ゆっくりと、できるだけあたしに振動や刺激が伝わらないように、あたしをファナたちがいるところに運んだ。
――そして、
「し……しーだ……?」
そのすぐ真隣……あたしは神王に支えられながら、うつ伏せに寝かされ、全力の治療を続けられていた弟に声をかけてみたけれど……ほんの少しも、反応は返ってこなかった。
それを見て、涙に顔を歪めていたファナが、かすれた声で聞いた。
「える……さん……れい、おうさま……ひっく……しーだ……だ、だいじょう、ぶ……なん、だよね……? ぜったい……なおる、よね……?」
「「……っっ!!」」
――ファナの言葉を聞いて霊王さまたちの顔は、瞬間……〝苦しみ〟に満ちた。
それから、すぐのことだった。突然二人からは光が消え去り、俯いたまま、霊王さまは静かに呟いた。
「……もう、〝手遅れ〟じゃ…………」
「「……!?」」
そん……な……っっ!?
「エルさんっっ!!」
ファナが叫んだ。
しかし、エルさんはその声には答えず、ただゆっくりと弟の手を取り、同じように俯いたまま、呟いた。
「……脈拍……確認できません……呼吸も……停止しています…………つま、り……」
――すでに、〝亡くなられて〟います……。




