6-20
――ズバアッッ!!!
あたしが止めることができなかった腕の、一閃。
そのファナを狙った鋭い爪は、しかしそれを庇った弟の背中を大きく切り裂き、〝F・D〟によって爆発こそ免れたものの、小さな背中からは、おびただしい量の血が噴き出していた。
数秒……だった。
ファナは何が起こったのかわからず、もたれかかるように膝をついた弟と共に、地面へと崩れ落ちる。……その足元に広がって行くのは、弟の〝血〟……明らかに〝致命傷〟と成り得る、出血量だった。
ファナは抱きかかえた弟のそれを……震える小さな手に、べったり、とこびりついたそれを見た瞬間、叫び声を上げた。
「し……だ……? しーだ? い、や……いや! いやあああああああぁぁっっっ!!!!!」
『あ……ああ……あああ……ッッ!!!』
シーダ! しっかりして、シーダ!!! ――抱きかかえられたまま、ピクリ、とも動かない弟を、ファナは必死に抱きしめて叫んだ。
あたしはそれを目の前にして……何も、できなかった。
ただ、ただ、呆然と、その光景を見つめていた。
――刹那、ハイジャが笑い声を上げる。
「ぎゃはははは!! お姉ちゃんの方を先に狙ったんだがな? まさか弟くんが飛び出してくるとは思わなかったぜ! ――しかし、これで〝F・D〟とかいう厄介な魔法は消えたも同然!! あとはのろまなお姉ちゃんを……ファナを、〝殺す〟だけだ」
『…………い……』
「……あ? 何か言ったか、リムル?」
『……ゆる……さない…………』
くはっ! 吹き出すようにハイジャは笑った。
「〝許さない〟か!! なるほどいいね~! ――そうだ! もっと〝怒れ〟! そうすればおれっちはさらなる〝マナ〟を――」
『――お前だけは……絶対に〝許さない〟!!!!!!!!!!』
なっ!!? ――驚きの声を上げたのは、ハイジャだった。
「バカな!! 〝契約〟が……おれっちの意思が! リムルの中に引きずり込まれて行くだと!!?」
『くッッうううああああああああああああああっっっッッ!!!!!!!!!!』
――〝契約〟魔法を破る方法を思いついたわけでも、ハイジャを倒す方法を思いついたわけでもない。……あたしは、ただ、とにかく〝強く思った〟。
――これ以上、誰も〝傷つけたくない〟!!
――これ以上、誰にも〝悲しい思いをしてほしくない〟!!
――だったら……〝化け物〟と言われたっていい!!
――あたしはもう、この〝力〟で、何も失いたくはないんだ!!
――だから、あたしは…………ッッ!!!!!
カッッッ!!!!!
刹那、だった。
あたしの身体……〝魔獣〟と化したあたしの身体は突然〝赤い光〟に包まれ、そして――
ドサッ! ――爆ぜて空中に散る光の中、いつの間にか〝人〟の姿に戻っていたあたしは、その場に倒れこんでいた。
身体中に鈍い〝痛み〟が走り、そして起き上がることができないほど〝重い〟……だけど、瞬間、あたしは理解した。
――これは……この〝身体〟は、〝あたし〟なのだと。
他の誰のでもない、〝あたしの身体〟なのだと。
『く……くそが!! 何で〝契約〟魔法が……!!』
その時だった。〝あたしの中〟で、ハイジャが声を上げた。
『お……おい! 返しやがれ! リムル! お前はおれっちと〝契約〟を結んでるんだ!! 何でそれがこんな重要な時に発動しねぇのかは知らんが、とにかく――』
「うる……さい……!!」
ぐぐぐ……あたしは地面に両手を突き、ようやくの思いで身体を起こし、ハイジャに向かって言い放った。
「そんな〝契約〟……あんたが、あたしを〝ダマして〟させたもの……じゃない! だったら、そんなの……〝無効〟よ!!」
『!!?』
ふ……ふざけんな!! ハイジャもそれには必死に抵抗する。
『〝無効〟なんて……そんなのできるわけがねぇ!! ――はっ!? そうか! 〝契約〟の内容は〝身体を借りる〟こと……でもおれっちは、〝鳳仙花〟があるせいで、お前の〝手〟の部分だけは〝借りられなかった〟!! だからか! 借りられないことでそこに〝契約〟の〝矛盾〟が発生したんだ! ……だ、だが! 〝契約〟は〝契約〟! まだ〝生きている〟はずだ!!』
よこせぇぇッッ!!! ハイジャが叫ぶと、またあたしの意識は虚ろになり始めた。
このままじゃ、また……!!
そう思った、瞬間――あたしは床に落ちていた〝それ〟に気がつき、必死に手を伸ばした。
へへへ、とハイジャは、再びあたしの身体の周りに、〝マナ〟を渦巻かせる。
『やっぱりな! 〝契約〟はまだ〝生きてる〟ぞ!! これならまたすぐに――』
ドッッ!!
『……あ? お前、何をして……なあっっ!!?』




