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――町の外の平地。
予想以上に時間がかかってしまった(主にどの服を着て行くか、で。結局私は帽子の色に合わせた薄い黄色のワンピースで、弟の方は…どうせはしゃいで着くずれるだろうから、いつもの着なれた茶色い服にしたけど)……そう、少し反省しつつ、なるべく急いで準備を整えてから私たちがそこに向かうと、約束どおり、すでにそこには神馬の馬車が停まっていた。
――と、それを見たとほぼ同時に、驚いた。というのも……
「え…りょ、領主さま……!?」
――そう、そこには、神馬の馬車の後ろに新たに取りつけられた〝檻〟が……盗賊団たちがギュウギュウ詰めに入れられたその檻の中に、なんと私たちの町…メイミルの町の領主さまが入れられていたのだ。
「ど…どうして領主さまが檻の中に? だって、そこは――」
「――その男が、今回の〝黒幕〟だったからですよ」
ファサ、という羽音…エルさんだ。
エルさんは降り立ってすぐに、先ほど私たちの家にきた時には持っていなかった、何やら分厚い紙の束に目を通しながら話した。
「その男…メイミルの町の〝元〟領主は、炎爆の盗賊団と裏で取引をしていまして、警備兵の配置を自由に変更できるという領主の権限を悪用し、わざと警備を手薄にさせたところを盗賊団に襲わせ、そこで巻き上げた金品を後に山分けにする……という契約をしていたのです。当然、〝秩序を守ることを使命とする〟我々神族は、そのような勝手極まりない非道な行為を見すごすわけにはいきませんので…このように、他の盗賊団共々拘束させていただきました」
「うそ……そんな……」
領主さまが…犯人? え? だって、領主さまは本来、町を守るのが役目なんじゃ……?
「……悲しいことではありますが、事実です」
きっ、と鋭い目つきになったエルさんは、檻の中にいる領主さまを真っ直ぐに見つめて続けた。
「……民を守るのが領主の務め…それを怠り、どころか悪用し、多くの民の血を流したその罪は決して許されることはありません。〝神罰〟を以って、あの男は裁かれることになるでしょう」
「……」
……何だか、少し…怖かった。
「エルさんでも…そんな……」
――思わず口に出てしまった。
はっ、とそんな私の呟きが聞こえてしまったのか、エルさんは慌てて、私に向けてぎこちない笑顔を作った。
「……すみません。感情的になってしまって……ですが、私もやはり、〝神〟なのです。神とは、先ほども言いましたが、〝秩序を守る〟存在……悪いことをした者には厳しく当たらねばならないのです。……どうか、分かってください」
「い、いえ、私はべつに…そんな……」
……。
……。
……。
……気まずい沈黙が続いてしまう。
どうしよう? と思った。エルさんは悪くない。というよりも、むしろ良いことをしているのに、これではまるで、私がエルさんを責めているみたいだったのだ。
何か話題を変えなくては……そう考えて、私は辺りを何となく見渡すと――弟の姿が見当たらなかっ……
「あれっ!? シーダ!?」
思わず叫んでしまった。
私は慌ててさらに周りを見渡してみたけれど、どこにも弟の姿はない。
「ちょっ…!! どこ行ったの!? シーダ!? シーダ!!!」
――うそ! 本当にいない!? ま、まさか、話に夢中になってる隙に盗賊団の残党でも現れて、それで……!!!???
最悪の事態さえ考え始めた、その時だった。
「――あ! あそこです!」
びっ! ――エルさんが指差したのは、なんと神馬の馬車…ではなく、なんとなんと神馬そのものだった。
見れば弟は、その巨大な…それこそ小さな建物ほどもある大きな身体を持つ神馬の背中に、ちょこん、と乗っているではないか!
サー! と一気に血の気が引いた。もしもあんな巨大な馬に蹴られたりしたら……弟は形が残るんだろうか?
ふらぁ、と倒れかけて、しかし踏みとどまった私は、全速力で弟の下へ走った。
……たぶん、その時の速度は、いつもの弟のそれを簡単に越えていただろう。それくらい全力全開で走った。
――何秒も経ってない。息も絶え絶えに私がそこに到着すると、弟は、
「すっごーい!! でっかーい!! 何これ!? これ本当に馬!?」
……と、無邪気にはしゃいで――
「はしゃぐな!!!」
「わっ!? お姉ちゃん!」
怒鳴り声でようやく私に気づいたらしい。私は、ゼハー、ゼハー、と息も整え切らないままに両手を高々と揚げ、弟に向かって叫んだ。
「は…早く! はぁ、降りて! …はぁ、きなさーい!!!」
えー? つまらなさそうに弟は答えた。
「何でー? だってこの馬、すっごくおとなしいよ?」
「いいから降りなさい!!!!!」
もう、必死だった。とにかく一刻も早く弟を助けなければ! その思いでいっぱいだった。
――というか、さすがの私の心臓も限界に近づいていた。バックン! バックン! がもう止まらない。……でも、どうやって弟をあそこから降ろしたら……?
「――私にお任せください」
と、突如、エルさんの声が私の〝真上〟から聞こえてきた。見上げると、もうすでにエルさんは神馬の背の高さまで高く飛んでいて、そのまま、スー、と静かに弟に近づいて行った。
「……さ、どうぞこちらへ。お姉さんが心配していますよ?」
「……はーい」
しぶしぶ、といった具合に弟はエルさんに掴まり、ようやく降りてきた。
それを見た瞬間、へなへな、と全身から力が抜けてしまった私は、その場に座り込んでしまった。
「……どうしたの、お姉ちゃん?」
……と、エルさんと一緒に地面に降り立った弟が聞いてきた。
「……どうしたの? じゃないよまったく…シーダといると、いつかお姉ちゃん心臓止まっちゃうかも……」
あはは、とそんな私の言葉を聞いても、弟は冗談だとでも思っているのか逆に笑っていた。
……まぁ、ともあれ、無事でよかった。
はふぅ、一度大きくため息をついた私は、それからエルさんの方を見上げた。
「……あ、あの…エルさん。本当にありがとうございます。何度も何度も助けていただいちゃって……あと、それからさっきのこと――」
「いえ、気にしないでください」
ニコ、と微笑んでエルさんは続けた。
「……悪を裁くのも確かに我々の仕事ですが、困っている人を助けるのもまた、我々の仕事です。たまに…怖い顔になってしまう時もあるかもしれませんが……その時はどうか、許してくださいね?」
「あ……はい!」
やっぱり、思っていたとおりだった。エルさんは優しい。優しいからこそ、時にはあんなに厳しくするのだ。私もお姉ちゃんとして、そういうところをちゃんと見習わなくちゃ。
……というわけで、
「あ、シーダ。ちょっとこっちおいで」
「ん? 何?」
首を傾げながらも、近づいてきたシーダを私は隣に座らせた。
そして……ニッコリスマイル❤
「え……」
たじ……どうやら、何かを感じ取ったらしい。逃げようとしたシーダの腕を私はがっちり捕まえ、そして――
「――お仕置き!! ゲンコツ十回!!!」
「うわぁーん!! お姉ちゃんの鬼ぃ!!!!!」
……その後、神馬の馬車が出発するまで、弟が泣き止むことはなかった。
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