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――やばい。
――訓練開始から八日目、訓練場前の廊下。
今日の分の訓練が終わったその場所で、あたしはずっと悩み続けていた。
……ここ数日、一日休みを挟んだとはいえ、連続でハイジャと〝約束〟を交わしてしまっている……そのせいで、もはやあたしが完全に〝あたしとしていられる〟時間は、寝ている間の数時間と、お昼休み。そしてこの訓練中だけ――時より、バレそうになった、とか言ってハイジャはいきなりあたしと代わったりもするけど、それ以外の時間はほぼ全部ハイジャに身体を貸している状態だ。これではもはや、〝どちらが身体を借りているのか〟わかったものではない……。
やばい……これは、本格的にやばい……実際に、連日だ。ここのところファナやシーダから〝身に覚えのない〟ようなことで怒られ、あたしは何度もそれをごまかしながら謝ってきたのだ。
つまりそれは、ハイジャが身体探しとは関係なく、余った時間やヘタに出歩けない時間帯にに何か〝イタズラ〟をし始めているということ……そこに悪気があるのかどうかはあたしにはわからないし、今はまだお菓子を勝手に食べたり、ファナにちょっとエッチなことをするくらいで済んでいるけれど、これがもし、今以上にエスカレートしていったとしたら…………。
『ふあ~~~あ……よく寝た』
――と、その時だった。ハイジャが目覚めたようで、あたしに声をかけてきた。
『……おう、姉ちゃんおはよ……って、もう夕方だからこんにちはか? ……まぁいい。とにかく訓練はまた大成功に終わったんだろ? じゃあ、〝約束〟どおり――』
「ちょ! ちょっと待って!!」
あたしは慌てて声を上げた。するとハイジャは、不思議そうにきいてきた。
『……ん? どした、姉ちゃん? ――ああ、便所か? しょーがねーな。じゃあおれっちはとりあえず聞こえないように……』
「ちがっ! ……違うの。そ、そうじゃなくて……」
『……??? どうしたんだよ姉ちゃん? さっきから?』
……!!
あたしは、思いきって、勇気を持ってハイジャに聞いてみることにした。
「その……実はずっと気になってたんだけど……あんたの身体探しってちゃんと進んでるの? だってもうかれこれ一週間以上経つわけでしょ? 日に日にあたしの身体を貸す時間は増えていく一方だし……そ、そろそろ、その身体とやらの〝候補〟くらい……見つかったんじゃないの!?」
ドキドキドキ……心臓の鼓動が勝手に早まった。たぶん……じゃない。今のあたしは絶対、ハイジャにこれ以上長い時間、身体を貸すことに〝恐怖〟している。
……もし、まだ見つかんないって言うのなら、その時はハイジャに悪いけど、霊王さまに相談して…………。
そう思いかけた、次の瞬間だった。ハイジャからは、予想外の答えが返ってきた。
『ああ!! 〝すまん〟姉ちゃん!!』
……〝すまん〟??? え? 何で謝るの……?
その意味がわからず、あたしが首を傾げていると、ハイジャはすぐにその説明を始めた。
『いや、あ、あのさ……? おれっちってば、今の生活が結構楽しくなってきちまってて、肝心の身体探しの方を疎かにしちまってたよ……ホント、悪かったな姉ちゃん? そうだよな、姉ちゃんだって身体を貸してるんだ。〝怖い〟のは当然だよな?』
……。
……。
……。
……え……あ! な、なんだ! 話せばちゃんとわかってくれるんじゃない! それなのにあたしは何を独りで心配に思ったりなんかして……ホント、バカみたい。
ほ、と安堵のため息をついたあたしは、それから改めて聞いた。
「――じゃあ、今日からはもうイタズラとかもしないで、本気で探してくれるんだね?」
いや! としかし、ハイジャはさらに予想外のことを話し始めた。
『これ以上姉ちゃんばかりに迷惑はかけられねぇ! ――実を言うとよ? おれっちはこの一週間ちょいで、完璧とは言わずとも、ん~……まぁ、そこそこかな? っていう身体をたった一個だけ、〝見つけ〟てんだよ!』
ホント!? 聞くと、またすぐにハイジャは答えた。
『ああ! マジもマジよ! ――姉ちゃんには迷惑ばかりかけて悪かったな? 今日、それも今からすぐにだ! おれっちはその新しい身体に移って、そして姉ちゃんの身体から出ていくよ!』
「!!?」
やったー! と思わず叫んでしまいそうになったけれど、ハイジャの手前、あたしはその声をギリギリのところで呑みこんだ。それからハイジャに祝福の言葉を贈る。
「――おめでとう、〝ハイジャ〟! これからはのんびり平和に暮らしてね!」
『お? ようやくおれっちのことを名前で呼んでくれたか……ああ! サンキュー姉ちゃ……いや! 〝リムル〟! お前はおれっちの最高の〝友達〟だ!!』
うん! そう元気よく答えたあたしは、さっそく……
「あ、じゃあ早く身体入れ替わって見つけた場所に行きなよ! すぐにでも移りたいでしょ?」
『ありがてぇ! ……だけど、なぁ姉ちゃん! せっかく二人がいっしょにいられる、最後の時、ってやつなんだぜ? ――身体を手に入れた後じゃあ、もう〝一生会えない〟かもしれないんだし、最後くらいはその場所に〝いっしょに〟行かねぇか?』
「え? 〝いっしょに〟って……身体は貸さなくてもいいの?」
『モチのロンよ! ――だってさぁ? 考えてみ? これからもっと良い身体を探しに行くっていうんなら話は別だけどさ? ぶっちゃけもう見つかってる身体の所に行くだけなんだぜ? そんなのにおれっちが身体借りる必要ねーじゃん?』
……ああ、言われてみれば確かに。
なるほど、と納得したあたしは、ハイジャに聞いた。
「わかった。じゃあ、いっしょに行こ? ……で? どこにあるの? その身体ってやつは?」
『おう! それはだな、えーとまずはこの道を真っ直ぐ行って……』
「真っ直ぐだね? わかった」
こくん、と頷いたあたしは、ハイジャに案内してもらいながら廊下を進んだ。




