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――訓練開始から四日目、訓練場前の廊下。
「――で? 結局昨日の夜は身体見つかったの?」
昨日の夜、身体を貸してあげることを正式に約束したあたしは、それから一日経った今日、それを聞いてみると……ハイジャからは予想もしていなかった返事が返ってきた。
『い……いや、それがよ? あのエルとかいう巨乳の天使ちゃんの所に悪魔の姉ちゃんはいっしょに寝泊まりしてんじゃん? あそこの部屋の前って、夜から早朝にかけて常に警備兵がいるらしくてさ? 当然、窓から飛んで外に出ようと思っても、外にはそれ以上に警備兵がいるしさ? 探しに行きたくても行けねーのよこれが? ――しかもさ、何で姉ちゃんってば寝る時に自分の手に〝手錠〟なんてかけるわけ? おれっち動けないじゃん!』
「ん? ……ああ~、そういえばあたしたちって〝予言の子〟っていう、何か知らないけど結構重要なポジションにいるらしいんだよね。だから警備の人がいたのかも? ――それと、寝る時に手錠をかけるのは安全のためだよ? だって、ほら? あたしが寝ぼけて誰かに直接触ったら……ね? シャレになんないでしょ? だから手錠かけて動けないようにして……ああ、それと鍵はエルさんが持ってるよ? 起きたい時はエルさんに言えばいいよ」
『言って、はいそうですか❤ って外に出してくれるわけないでしょ!? 身体貸してくれるって承諾してくれたのはうれしいんだけどさ!? そこんとこどうにかしてくんないかな!? せめて手錠をかけたフリして寝るとか!』
「あー、それは〝無理〟。だってエルさんがちゃんと手錠がかかってるかどうかチェックするし、何よりもあんたが裏切ってエルさんたちを襲わないとも限んないしね?」
『……え? 何? おれっちってばそんなに信用ないの? あんなに色々教えてあげたのに!?』
「うん。全然信用してないよ?」
ばっさり、あたしは言い放った。
それにハイジャは……たぶん、あたしの頭の中で膝をついたのだろう。がくぅ、と声に出して言い、続けた。
『……お、オーケー……分かったよ。どうせおれっちは全世界の敵の〝分身〟だよ。誰も信用なんかしてくれるわけねーよな……』
「だろうね?」
『……え? あれ? 今なぐさめるところだったんだけど……? ま…まぁ、いいや』
そんなことより! とやはり落ち込んでなどいなかったハイジャは声を上げた。……まだ知り合って三……いや、あたしの身体に入ったのは四日前だから、四日目? ――ともかく、だ。たったそれしか経っていないのに、こいつの性格がわかってきた。……まったく、わかりやすいやつだ。
『……ねぇ? 聞いてる?』
「え? ああ、うん。はいはい。聞いてる聞いてる」
『……よ、よし。じゃあ続けるけどさ? おれっちは今回、〝契約〟の変更と、さらには身体を借りる時間帯の変更を要求したいのだよ!』
「……具体的には?」
……あれ? 何か今日は素直だね? とか何とか呟きつつ、ハイジャは続けた。
『えー、ごほん! まず一つ! おれっちが身体を借りる時間帯は、朝メシの後と、それから訓練の後の自由時間……この二回にしていただきたい! つーかこの時間帯じゃねーとまともに動けやしねぇからな? ――二つ! その時間は、〝各二時間ずつ〟おれっちはもらいたいと思ってる!』
は? 〝各二時間ずつ〟???
ち、ちょっと待ちなさいよ! とさすがにあたしは声を上げた。
「そんなの認められるわけないでしょ!? 〝各二時間ずつ〟って……合計〝四時間〟!? そんなの貸せるわけないじゃない!」
『おっしゃるとおり! それはおれっちも重々承知済みだ! ……でもよ、姉ちゃん? 考えてもみてよ! 一日にできるだけ長く貸せば、それだけ身体が見つかるのが早くなるってことなんだぜ? そうすればお互いすぐに離れられてラッキーじゃねーか? それにさ! 何もおれっちは〝タダ〟でそうしてくれ、って言ってるんじゃねぇんだぜ? 当然これも〝交換〟という方式でやりたいと思ってるわけよ! ――見たろ? 聞いたろ? 成長したろ? この二日間によ! おれっちが教えたことは全部、〝ホメられた〟じゃねーか! 今回のも絶対、間違いなく〝ホメられる〟って! つか、もしできなかったり、ホメられなかったとしても、べつに姉ちゃんが失うものは何もないんだしさ? おれっち個人の意見としては、すっげー破格の条件だと思うよ?』
「う……いや、まぁ……確かに、そのとおりなんだけど…………いや! でもやっぱりちょっと待って! その……あんたに身体を貸してる時って、あたしの〝意識〟とかってどうなってるの? 昨日の夜は寝てる時だったからわからなかったけど……」
『え? ああ! 何だそんなこと? 心配ないって! おれっちが身体を借りてる間は、基本的に姉ちゃんは〝寝てる時と同じ状態〟になるはずさ! 楽だぜ~? だって、訓練でホメられた後、ただ〝寝てるだけで〟おれっちとの〝約束〟は果たせちまうんだ! ほら! めちゃくちゃ良い条件っしょ!?』
「〝寝てるだけ〟……」
……それって、つまり〝意識〟が――
『――って!! おいおいおい!! 姉ちゃんヤベーよ!!!』
突然、ハイジャが叫び出した。あたしもそれには思わず慌ててしまう。
どうしたの!? 聞く前にハイジャは話した。
『今回からおれっちは訓練中〝隠れてる〟って話になったじゃん!? だから早く決めてくれねーと〝教える時間がなくなっちまう〟わけよ! 早く! 姉ちゃん早く決めてくれ! 早くしねーと訓練に遅れて、ホメられるどころか怒られちまうぜ!?』
「え!? ……いや、あの……!!」
『早く!!!』
「わ、わかったよ! その条件でいいから、早く教えて!」
『オッケー!! 聞いたらもう取り消せないからな! えーとじゃあまずはだな――』
……せ、急かされて思わず、わかった、なんて言っちゃったけど……だ、だいじょうぶだよね? 〝四時間〟くらい……そう! だってほら、一日って二十四時間もあるんだし、その内の〝たった四時間〟貸したくらいじゃ、あと二十時間〝も〟残ることに……。
――この日、あたしはハイジャに教わったことをまた霊王さまたちの前でやってみせると、またものすごく〝ホメられ〟、結果、あたしとハイジャの〝約束〟は〝成立〟した。
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