6-3
――次の日の、訓練場前の廊下。
「――〝交換条件〟? ……また?」
そう。また、〝交換条件〟だ。……どうやら、ハイジャは昨日のことでちょっと調子に乗ったらし……い、いや、実際あの後、ファナたちにあることないこと自慢しまくったあたしが言うのも……アレ、ではあるんだけどさ?
『いや~、まったくだぜ。おれっちのおかげなのに、さも自分で思いついたのかのように、べらべらべらべら……』
「う……うるさいな……てゆーか、あれ? あんたあたしの考えてることがわかるの?」
『え? 分かるわけねーじゃん? 頭ん中にいるっつっても、おれっちはおれっちで、姉ちゃんは姉ちゃんなんだから。……あ、でも、そんな〝やっちゃった感〟丸出しな顔してたら、誰でも分かると思うけど……』
「……それ以上言ったら霊王さまの所に突き出してやる!」
『――はっ!!? ご、ゴメン! ゴメン! 今のなし! 冗談だって! いや~、ほら? アレだよアレ! その……感!! そう! おれっちの感でそう思ったんだよ!! だから――』
「あー、もうっ! うるさいな! ヒトの頭の中で、ギャーギャー、騒がないでよ! 頭痛くなっちゃうでしょ!」
『…………』
「……ねぇ、今……昨日あれだけファナたちの前で騒いでたあたしが何言ってんだよ? って思ったでしょ?」
『……ぜ…………ゼンゼン?』
「あっそう。そんなこと言うんならじゃあ――」
『ウワァオ!? 言ってない! おれっちは何にも言ってないよ!? ――あ! そそ、そうだ! そんなことよりほら! さっきの〝交換条件〟の話だけどさっ!?』
……と、急いで話を戻したハイジャは続けた。
『いや~! とりあえず姉ちゃんの中にいさせてもらえることになったのはいいんだけどさ? このままっていうのもお互い何かと不便極まりねぇだろ? そ・こ・で! おれっちは考えたわけよ! さっさと〝新しい身体〟を見つけて、そんで姉ちゃんから出ていこうと! それならお互い困んねぇだろ?』
「え? ……まぁ、そうしてもらえればありがたいんだけどさ? 実際、トイレの時とかあんたは、見てない聞いてない嗅いでない……って言ってるけどさ? 信用ならないし」
『いや、だからおれっちにはそんな〝悪趣味〟なんかねーよ。キタネーじゃん。普通によ?』
……まぁね? でも、世の中には〝冥王〟みたいなのがたくさんいるらしいし…………。
『……なぁ? 続けていいか? 姉ちゃんも早く行かねぇと霊王さまに怒られんだろ?』
そうだった! あたしはすぐに口を手で塞いだ。
それを確認してからハイジャは続ける。
『まぁ、色々質問はあるとは思うけどよ? とりあえずはおれっちの言いたいこと全部言うから、質問はその後にしてくれ。……いくぞ? まず、おれっちは姉ちゃんの身体から出て、自由の身になりたい。なった後はその辺で誰に何を言われることもなく、静かに暮らしたいと思っているんだが、それには大きな〝問題〟がある。――そう。それこそがおれっちの身体を見つけるっていう、ミッションだ。――当初はこれを姉ちゃんに手伝ってもらって、そんでさっさと出ていこうかと思ってたんだが……どーにもこーにも、どうやら姉ちゃんの身体の中にいるおれっちの〝マナ〟では、条件に見合う身体を探し出せないみたいなんだよ。つーか探すための魔法すら使えやしねぇ。……そこで、だ。姉ちゃんには悪いんだが、おれっちがまた新しいことを教えてやる代わりに、一日の内の、たった〝二時間〟だけでいい。おれっちに姉ちゃんの〝身体を貸して〟くれねーか?』
!!?
は!? 何言っての!?? ――そう叫びかけたあたしに、ハイジャは急いで答えた。
『ああ! 分かってる! 無理なことは十二分に分かってるよ! ……でもよ? もうおれっちにはそれしか手が残ってねぇわけよ? だから……そう! 夜〝寝てる時〟の〝二時間〟だけでいいんだ! おれっちは〝契約魔法〟っていう、文字どおり、姉ちゃんと〝約束〟した時間内じゃねぇと身体を借りられないようにするから! な? それなら勝手に借りられた、とかもめることもねーだろ? だから頼むよ! おれっちに〝身体を貸して〟くれ! もう一度言うが、おれっちはただのんびり平和に暮らしたいだけなんだよ! だから……頼む!! このとーり!!』
「…………」
一つだけ質問……そう呟いて、あたしはハイジャに問いかけた。
「あんたが見つけようとしてるその新しい身体って……まさか〝生きてる人の身体〟のことじゃないでしょうね? もしそうだったら、どんな条件を出されてもお断りだよ?」
『お! それなら安心してくれ! おれっちが目指してんのは〝人畜無害〟……つまりその目標に沿って身体探しをするわけだ! だから探す身体は、作り物でも何でもいい! とにかくおれっちの〝マナ〟が…〝魂〟がそこにちゃんと固定できればいいわけよ! なに、こんだけバカデカい神殿だ。チマチマ探していけば、鎧とか、人形とか、その内のどれか一個くらいはおれっちの〝魂〟に合うはずだって!』
……なるほど。
そういうことなら、とあたしは頷いてから話した。
「わかった。――ただし、今度も訓練の結果次第。あたしが納得できたら、の話だからね!」
『……ごうま……じゃない!! いいよいいよ!! 全然オッケーよ!?』
「……今、〝傲慢〟って――」
『言おうとしてないよ!? 気のせいだよ!!? ――ほ、ほら! そんなことよりさっさと訓練しに行きましょお姉さま!!!』
「…………」
……今日は厳しく審査してやる。そう心に決め、あたしは訓練場に向かった。




