6-2
――訓練場。
「……む? やっときたかリムル。遅いぞ? いつぞやみたいにまた脱走したのかと思ったではないか」
「あ、あはは……ごめんなさい」
まったく……そうため息をついた霊王さまは、しかし……うーん、といきなり唸り声を上げ始めた。
どうしたんだろう? なんて思っていると、霊王さまの言葉ですぐにその答えが明らかとなった。
というのも、
「……しかし、困ったの? もうかなり色々試してはいるんじゃが、一向に〝鳳仙花〟を制御できる気配がない……爆発が弱まるだとか、霊石の一部が爆発せずに残るとか、そういう何かしらの結果が出てもおかしくはないのじゃが……」
……そう、霊王さまも結果が出ずに悩んでいたのだ。あたしはそれを聞いて、思わず、ぎゅっ、と拳を握ってしまった。
――そこに、だ。ハイジャがなぜか小声で話しかけてきた。
『……へい、悪魔の姉ちゃん。気づかれたら意味がねぇ。一切返事なんかしなくてもいいから、とにかくこう言え……霊王さま~、思いついたことがあるんですけど、ためしていいですか~?』
「……」
し……仕方ない。とりあえずは従ってあげるか。
そう考えたあたしは、唸り続ける霊王さまに話しかけた。
「あの……れ、霊王さま……?」
「ん~……ん? お、おお! すまんすまん! 今新しい訓練法をじゃな……」
「い、いや……その……じ、実は、思いついたことがあって……」
「む? 〝思いついたこと〟じゃと? 何じゃ?」
「あ! その……じ、実際試してみた方が早い……というか、何というか……」
「??? ……ふむ。まぁ、そう言うのならばよかろう。試してみるがいい」
……よし、とりあえずはクリアだ。そう呟いてからハイジャは続けた。
『――次にその手袋を外して、〝霊石〟が置かれた台から少し〝離れた〟位置に立ってくれ』
……〝離れる〟? 近づくんじゃなくて???
……。
ま、まぁ、約束は約束だ。そう思ってあたしは言われたとおりに動く。
『あ、もうちょい後ろ……行きすぎ行きすぎ……ストップ! ――よし、そんじゃまぁ始めていくが……まずは最初に、左手の人差し指にテファイを使う要領で、〝赤のマナ〟を集めてくれ。くれぐれも呪文は唱えないでくれよ? 魔法になっちまったら意味がねぇからな』
……えっと……こ、こうかな?
あたしはテファイを持続させる時みたいに、指先に意識を集中させると……ほんのりではあったものの、薄い、〝赤いマナ〟が指先に集まった。
『……よし、じゃあ今度はそれを、〝霊石〟に向かって伸ばしてくれ』
え? 〝霊石〟に向かって?
……どうやって? 聞くに聞けないあたしは、〝霊石〟をじっと見つめていると……ハイジャが慌てて答えた。
『おお、悪ぃ悪ぃ……えっとな? 指先に〝マナ〟を集めたまま、それをゆっくりと……と、とにかく〝気合〟で伸ばすんだよ! こんなもんもう感覚の問題だ!』
…………魔法って、そんな、〝気合〟で何とかなるモノなの?
思いながら……ここまできたら仕方がない。〝気合〟で、あたしは〝マナ〟に向かって伸びろ伸びろと念じた。
すると……あれ? ホントだ。結構集中力は使うけど、ほんの少しずつ〝マナ〟は伸び始めた。
『よーしよし。じゃあそれを……〝気合〟だ。〝気合〟で〝霊石〟まで伸ばしてくれ』
……んぐぅ……ぅぅぅう~! 伸びろ~! 伸びろ~~!
念じると、一秒に一センチくらいずつ、〝マナ〟は伸び始めた。
……しかし、それも一メートルくらいのところで止まった。〝霊石〟まではあと倍の距離がある。……どうすればいいの、これ?
『……お、オーケー。じゃあ、それを維持したまま……ゆっくりだぞ? ゆっくり、とにかくゆっくり〝歩いて〟近づいて、〝マナ〟を〝霊石〟にくっつけてくれ』
ゆ……ゆっくり、慎重に……。
『よし……よし、そうだ。いいか? くっつけても気を抜くなよ? 〝マナ〟が散ったら最初からやり直しだからな?』
……そ、それは勘弁願いたいな。
昨日今日の疲労と、今使っているなけなしの集中力……はっきり言ってあたしは限界だった。
だから、かもしれない。むしろ限界まで集中したままのあたしは、微塵も集中力を切らさずに〝霊石〟に〝マナ〟をくっつけることに成功した。
『……オーケー。じゃあ後は簡単だ。伸ばしたその〝マナ〟に、空いてる右手で〝触れて〟みてくれ。くれぐれも集中力を切らすなよ?』
……〝触れる〟??? この〝マナ〟に……???
……えっと、じゃあ……こう?
瞬間だった。
――ぱんっ!
「えっ!?」
思わず声を上げてしまった。
見れば……そう! なんと伸ばした〝マナ〟が触れていた〝霊石〟が、いきなり弾け飛んでいたのだ! 一メートルも〝離れた〟場所から、直接〝触らずに〟!!!
「これって――」
「――素晴らしい!!」
――その時だった。その様子を見ていた霊王さまが声を上げた。
「リムル! お前そんなすごいことを誰に言われずとも気づいたのか! 妾も〝三眼〟を使って様子を見ておったが、それは〝座標固定〟と言ってじゃな? 遠くに飛ばすような魔法で、どこを狙うか? それを正確に決めるための魔法技術なんじゃ! 今はまだそれを使うのに時間がかかるようじゃが――ともかく! それを利用してまさに〝導火線〟がごとく〝鳳仙花〟を遠距離から放つとは……いやはや天晴じゃ! お前はすばらしい才能の持ち主のようじゃの!」
「え……あ、そ……そう? あ、いや! そんな! あたしはただ……」
「「――リムちゃん!!」」
と、さらに横から、ファナと弟が……そしてエルさんまでもが拍手と共に言葉を送ってきた。
「すごいねリムちゃん! 私たち、エルさんに、しー、って言われて静かに見てたんだけど、そんなにすごいことを自分で思いついちゃったんだ!」
「リムちゃんすごいすごーい!! 今度ボクにも教えて!」
「ふふ♪ リムルさん、おめでとうございます! このままだと、私なんかあっという間に追い越して、すごい魔法使いになれるかもしれませんね!」
「みんな……」
――はっ!! とあたしは気がついた。顔が……ホメられたことがうれしすぎて、ニヤけたまま戻らなくなってしまっていたのだ。もう、自分でもどうしていいのかわからない……。
『へへ♪ どうだい、悪魔の姉ちゃん? こんだけホメられれば文句はねぇだろ?』
と、そこに相変わらずの小声でハイジャは話しかけてきた。
『これでおれっちは〝人畜無害〟だって、信用してくれたか? ……って、さすがにそこまではいかねぇか……まぁ、とにかくだ。とりあえずはこのまま悪魔の姉ちゃんの中にいさせてくれるっていうんなら……そうだな? 〝バンザイ〟をしてみてくれ。やったー! ってみんなに向かって言ってさ? それをおれっちは承諾のサインだと判断するから』
ん……ま、まぁ? こんなにホメられたのも、一応はこいつのおかげだし…………。
じ…じゃあ、とあたしは両手を振り上げた。
「――やったー❤」
『――へへ♪ これからよろしくな、〝相棒〟!』




