#2,〝王〟。 2-1
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――あの神さま曰く、ボクたちは本当に〝不思議な体験〟をした…らしい。
――騒ぎが収まり、家に帰ってきたボクは、お姉ちゃんに言われて荷物を片づけながら、ついでに先ほどあったことを思い返して頭の中を整理していた。
……とはいえ、
「ねぇ、お姉ちゃん?」
ん~? と、隣で着替えていたお姉ちゃんは、ぷは、と新しい服から頭を出してから聞いてきた。
「何? シーダ? ご飯ならさっき魚、食べたでしょ?」
「違うよ……ていうかいつまで着替えてるの? それ何着目?」
「……」
ぽん。お姉ちゃんはパーとチョキを合わせた……七着目、らしい。
「……何、してるの? さっきから?」
だって~、とお姉ちゃんは困り顔でさらに違う服を手に取りながら答えた。
「神さまの世界に行くんだよ? キタナイ格好で行ったら失礼じゃない」
「……」
……その服、全部ゴミ捨て場から拾ってきたやつだよね? ――と言いかけたけれど…寸でのところでボクはそれを言わなかった。言ったら、きっとゲンコツが飛んできていただろう。
……あ、いやいや、こんなことを話している場合じゃない。
ぶんぶん、頭を振って、ボクは改めてお姉ちゃんに聞いた。
「ねぇ、お姉ちゃん? ところでさ、さっき神さまが言ってた〝不思議な体験〟って、つまりはどういうことなの? ボク全然わかんなかったんだけど?」
「ん? えと、それは……」
う~ん……口に人差し指を当てて、お姉ちゃんは唸った。
「つまり……魔法が途中で消えちゃうなんてことは普通は有り得ない話で、たぶん神さまはそのことを、不思議な体験をしたね~…っていうふうに表現したんだと思うよ? ――あ、で、何で私たちがそんな体験をすることになったのか、その原因が全然わからなくて、それを調べたいから私たちに神さまの世界にきてほしい……って、たぶんそういうことを言ってたみたい」
「へ~……でもさ、それって、あの盗賊のおじさんが失敗して魔法が出なかっただけじゃないの? 現に、あのおじさん小さい炎を出してた時も、何回も失敗してたみたいだし」
う~ん、お姉ちゃんは再び唸る。
「……わかんない…けど、神さまが普通じゃないって言っているんだから、そういうことではないってことだと思うよ? ていうか、それを含めて私たちを調べたいんじゃないの?」
「ふ~ん」
なるほど……ボクは一応納得した。
――と、そんな時だ。
ファサ、ファサ、という、鳥が羽ばたいているような音が聞こえてきた。
「――あ、シーダ。きたみたいだよ?」
どうやらその音はお姉ちゃんにも聞こえていたらしい。お姉ちゃんは立ち上がって、家の入口……木の洞から外に顔を出した。ボクもそれに続いて顔を出す。
――そこにいたのは、
「――お待たせしました。ファナさん、シーダさん」
――金色の髪に真っ白な大きな翼…ボクたちを助けてくれたあの神さま、エルさんだった。
エルさんは降り立ってすぐにボクたちの方に歩み寄ってきた。それを見て、慌てて外に出たお姉ちゃんはボクのことも引っ張り出す。
「あ、いえ……どうぞお気づかいなく。急ぎませんので」
いえいえ! お姉ちゃんは、ぶんぶん、と正面に両手を振った。
「そうはいきませんよ。何しろ、エルさんは私たちを助けてくれた命の恩人ですから! そんな人を前に失礼なことはできません!」
ふふ、とそんなお姉ちゃんを見て、エルさんは微笑んだ。
「しっかり者のお姉さんですね。……あ、それよりも、今一度お聞きしたいことがあったのですが…よろしいでしょうか?」
「え…あ、はい。何ですか?」
お姉ちゃんが聞くと、エルさんは腰に付けていた小さな袋からきれいな…ガラス玉(?)を取り出して、それを一粒ずつボクたちに渡してきた。
「……何? これ?」
ボクが聞くと、エルさんはボクの前で屈んで説明してくれた。
「それは〝通行証〟です。つまり我々の世界…〝神界〟に行くための道具ですね。もっとも、それだけで行けるというわけではなく、行くにはちゃんと〝道〟を通らなければなりません。そのために必要な物です」
「へー……」
……こんなガラス玉が、ねぇ…?
「……あの、それで…聞きたいことって?」
あ、はい。――お姉ちゃんに聞かれたエルさんは、立ち上がってすぐに話した。
「実はその、神界にきていただけるかどうか、というのを今一度確認したかったのです。先ほどはきていただけるとのことでしたが……そのお気持ちに変わりはありませんか?」
「あ…なんだ。そんなことですか? それならだいじょうぶです。さっきご飯を食べてる時にシーダとちゃんと話し合いましたから……ね、シーダ?」
「うん。ボクはべつにいいけど? 神界っていうところも見てみたいし」
「……分かりました。ありがとうございます」
では……とエルさんは、ガラス玉を持っている方のボクたちの手を取り、何やら呪文を唱え始めた。すると、突然ガラス玉が光った――と思いきや、次の瞬間にはそのガラス玉が消えてしまっていた。
え? ボクとお姉ちゃんが声を漏らすと、ボクたちから手を離してからエルさんはそれを説明した。
「――今のは、通行証を身体に同化させる魔法です。通行証はあのように小さくて紛失しやすいので、こういう風に身体に同化させて持ち運ぶのが一般的です。……あ、もちろん身体に害はありませんし、いつでも取り出すことができますので安心してください」
「へー…要は身体の中に入ってるってこと? 魔法ってこんなこともできるんだ?」
くるくる、とボクは手を返したりしてみたけれど、やはりどこに入っているのかもわからない。改めて魔法ってすごいんだな~と思った。
「……こてい…………こう」
「――ん?」
……今…エルさんが何かを呟いたような気が……?
「……では、私はこの先の平地に馬車を停めてお待ちしていますので、準備が整いましたらそちらまでお願いします」
「あ、はい。わかりました」
お姉ちゃんがそう答えると、エルさんは一礼してからボクたちから離れ、その大きな真っ白な翼を羽ばたかせて飛んで行ってしまった。
……気のせい…かな?
そんなことを考えていると、手を振ってエルさんを見送っていたお姉ちゃんが、その手を腰に当てて言った。
「――よし、じゃあ早いとこ準備して行こっか?」
「――あ、うん。そうだね」
そう答えて、ボクはお姉ちゃんの後を追ってすぐに家の中へ入った。
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