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5-14




 ――〝秘王の卵〟発見地点。

 そこに神馬の馬車に乗って到着したあたしたちが窓から目にしたのは……何だろう? 白っぽい色と、黄色っぽい色をした〝煙〟……? のようなモノが、草木以外何もない、黄金の草原の中でゆっくりと渦を巻いていた。

「……あれが……〝秘王の卵〟??? 何か、思ってたのと……」

「――全く〝脅威〟を感じぬか?」

 あたしの呟きに答えたのは霊王さまだ。

 霊王さまは、窓に張り付いてそれを眺めるあたしたちとは裏腹に、一人、ただ静かに椅子に座って目を閉じていた。

 それを見て弟が声を上げる。

「あれ? 霊王さまは見ないの? それとも疲れたから寝るの?」

「シーダよ……お前のような子どもではないんじゃ。そんなわけがあるまい……安心せい。ちゃんと魔法を使って〝見て〟おるわ。――そんなことより、〝上〟を見てみぃ?」

「「「〝上〟?」」」

 言われてすぐに見上げると……すぐ近く。外で神兵としての仕事をしているエルさんの隣りに、金色の、何かものすごく豪華な装飾が施された蒼い軽鎧を身に纏った神兵さんがいた。

 その人はエルさんと同じ〝天使科〟の神族で、金色に輝くきれいな髪と真っ白な大きな翼は共通として同じだったけれど、しかしエルさんよりもその髪は長く、腰まで伸びている。そして何より印象的なのは、その〝つり目〟だ。――そのせいか、初見、同じ美人さんでもエルさんは優しそうな印象を受けるのに対し、その人はいかにも厳しそうな印象を受けてしまう。

 誰だろう? エルさんの知り合いかな? なんて思っていると、それを見たファナたちが突然声を上げた。

「「フレイアさん!!」」

 ……フレイア? フレイアっていうと……えっ!?? あの人が〝神兵兵士長〟のフレイアさん!!?

 ばばっ! と瞬間、なぜかあたしは身構えてしまった。……もしかしたら、元・大罪人だからかもしれない。未だに頭の片隅に、お仕置きされるかもしれない、という感情があるのだろう。……と言っても、実際お仕置きなんて悪いことをした時にお母さんにお尻を叩かれたことくらいしか、ないんだけれどね?

 ん? とファナたちの声に気がついたのか、エルさんとフレイアさんはこちらに近づいてきた。それを見てファナは急いで窓を開ける。

 数秒後、あたしたちの所に到着したフレイアさんは、まず最初に椅子に座っている霊王さまに向かって頭を下げた。

「――霊王様、お久しぶりでございます。このような所からで申しわけありませんが、今一度ご挨拶を申し上げます」

「あー、よいよい。そんなカタっ苦しいあいさつなんぞ……それより、お前が会うのは初めてじゃろう? そこにおる赤い髪の魔族の娘がリムルじゃ。そっちにこそちゃんとあいさつしてやれ」

「はっ! 仰せのままに……」

 す…顔を上げたフレイアさんは、すぐにあたしを見た。瞬間、思わず、びくっ! と身体が跳ね上がる。

 フレイアさんはそんな挙動不審のあたしに気にせず話した。

「――あなたがリムルちゃんね? 初めまして、私はフレイア……神王様より栄誉ある〝兵士長〟の称号を恐れ多くも……って、子どものあなたにはまだ難しかったわね? とにかく、フレイアよ。よろしくね?」

「あ! は、はい! あたしはり、リムルです! こちらこそよろしくお願いします!」

 ……うわー……ダメだ。さすがのあたしも、こういうきっちりした人を相手に話すのには、ちょっと抵抗がある……って、この人よりもさらに偉い、〝王〟さまたちとも普通に話してるあたしが言うのも、ちょっと変な話だけど……。

「あ、ねぇ? フレイアさんは今度いつお城に戻ってくるの? またいっしょに〝遊んで〟くれるんだよね?」

 ――って! ちょっ……弟よ! お前には恐れるとかそういう…………は? 〝遊ぶ〟??? 誰と? ……え? フレイアさん…………〝神兵兵士長〟と!!!?????

「ふぁ、ファナ!」

「? どうしたの、リムちゃん?」そう首を傾げたファナに、あたしはできる限り小さい声で耳打ちした。

「いや……あのさ、シーダとフレイアさんって、いったいどういう関係なの? 神兵の兵士長さんが〝遊んで〟くれるなんて……」

 ああ、なんだそんなこと? とファナは普通の声の大きさで答えた。

「シーダとはべつに何の関係もないけど……フレイアさんって、エルさんの〝お母さん〟なんだよ?」

「え? お……」

 〝お母さん〟!!!?????

 ばっ! すぐにあたしはフレイアさんを見ると、フレイアさんはそのままの表情で答えた。

「ええ。そうよ? ……まぁ、驚くのも無理はないかもしれないけれど、いかに神兵の兵士長と言えど、私も一神族……一般の神族と何ら変わりはないわ。――シーダくんはそんな私にもよく懐いてくれて、休みで神王様の神殿に帰ってきた時はいつも会いにきてくれるのよ」

「うん! あのね、フレイアさんって顔は怖いけど、ホントはとっても優しいんだよ! いつもポケットにアメ玉が入ってて、ボクにくれるんだ!」

「コラ! 顔が怖いは余計よ? ――あ、そんなことより、そういえばまだアメをあげていなかったわね……はいどうぞ。ちゃんと三人で仲良く分けるのよ?」

「「はーい!」」「……あ、はい…………」

 …………え? あ……だ、ダメだ! もう予想外すぎてあたしの頭では処理しきれない! ここはもう、フレイアさん=顔は怖いけど子ども好きの優しいお母さん、ということで納得して、もう何も考えないことにしよう! うん! そうしよう!

 そう、あたしが決意した、瞬間だった。霊王さまがフレイアさんに言った。

「お前は相変わらずじゃのう……ほれ、そんなことより〝そろそろ〟みたいじゃぞ?」

「……〝そろそろ〟? ――って! まさか……ファナ! シーダ!」

「「うん!」」

 あたしたちは慌てて〝秘王の卵〟を見ると……先ほどまではほんの薄くしか色がついていなかった〝煙〟が、今ははっきりとその色が見てとれるようになっていた。

 あれは……感覚でわかる。間違いない、〝マナ〟だ! 〝白金〟と〝黄金〟の〝マナ〟!!

「――ご心配には及びません、霊王様……私が参上したからには、神族の〝誇り〟にかけて、あなた様やこの子たちに指一本触れさせずに、あの者を退治してご覧に入れます。……では、エル? さっき話した予定どおり、この馬車の〝防御壁〟の展開はあなたにまかせたわよ?」

「了解いたしました、フレイヤ様。お気をつけて……」

 ええ。そう頷くと……いったい何をするつもりなのだろう? フレイアさんは突然空高くへと飛んで行き――

「――者ども下がれー!! 各自防御壁を展開し、〝己の身を守る〟のだ!」

 と、それを見ていた神兵の男の人が叫んだ……って、え? 〝身を守る〟???

 あたしはその言葉に疑問を抱きながらも、引き続きフレイヤさんの様子を見ていると……またしても予想外のことが起こった。

 それは……


「――出でよ、万物を切り裂きし極限の霊風! 〝蒼い月夜の(ライトブルー・ムーン・テンペスタ)〟!!」


 ――あれは!!!

「……驚いたか? まぁ、無理はないがの?」

 かかか、と笑った霊王さまは、それから衝撃の事実を話した。

「神兵の兵士長・フレイヤ……あやつは神族とはいえ、〝ほんの〟十数年間ではあったが、その才能を買って妾が直々に指導してやった……所謂〝弟子〟というやつじゃからな。――リムルよ、あの魔法に見憶えがあるじゃろう? そうじゃ。あれは訓練の時に妾がお前に見せてやった、〝大魔法〟……といっても、訓練の時はお前の〝マナ〟を使って発動したから、随分と〝弱々しかった〟がの? 今あやつが使う魔法は、ソレの比ではあるまい」

 !? 〝弟子〟!!? フレイアさんが!?

「――きます!!」

 って! そんなこと考えてる場合じゃない! 〝秘王の卵〟は――!!

 刹那、だった。


「はああああっっッッッ!!!!!」


 カッッッ!!!!! ――フレイアさんの声と共に放たれたのは、〝蒼い風〟の塊……風はその通り道にあった草木、その全てを跡形もなく切り払い、そして――


「ぐぎゃ――!?」


 〝秘王の卵〟の中から一瞬だけ見えた、獣のような姿の〝分身〟……それを、まさに一瞬である。その全体像が露わになる前に、消し飛ばしてしまったのだ!

 エルさんが防御魔法を使っていてくれたからあたしたちが乗っていた馬車は平気だったけれど、後に残ったのは、球形に大きく抉れ、土がむき出しになった地面だった。

 ……〝弟子〟のフレイアさんで〝これ〟って……じゃあ、〝師匠〟である霊王さまってどんだけすごいの? ……あ、そういえばちゃんとすごい〝王〟さまである神王のことも、いつも〝ガキ〟扱いしてるし…………。

 ………………。

 戻ったら、逃げずにちゃんと訓練やろ。

 そう、あたしは心に誓った。





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