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「……あー、と…じゃな……落ち着いたところで、とりあえず……今のでいくつか分かったことがあるから、よく聞くように」
――緑色のお絵かき板の前。
霊王さまはそう呟いてから、まだ若干空いていたスペースにそのわかったことということを書き出した。
「まず一つ……お前らの情報を信じると、つい最近…三ヵ月前までは、シーダは確かに足は速い方ではあったが、〝消える〟ほどの速さではなかった。二つ……〝秘王のマナ〟を受け取っていない、近年の…それも大人の獣人の記録から見ても、シーダのこの速さは〝異常〟であると。三つ……シーダは足が速くなるような特訓をしていたわけではないし、また速くなるような心当たりもない。……で、四つ。姉のファナはシーダを怒る時以外、普通に遅い……以上で間違いないな?」
「恐らくは……」「あたしはわかんないけど……」「絶対そうです!」「え? 何が変なの?」
…………。
「魔法を覚えるよりも先に、まずはこの謎を解明しなくてはならんな……」うーむ、と唸り声を上げて、霊王さまは全員に向かって聞いた。
「各自、何か心当たりはないか? 思いついたことを何でもいいから言って、一つずつ潰していこうではないか」
では、とさっそくエルさんが手を挙げて話した。
「――記録からしてみても、やはりシーダさんのこの急成長ぶりは明らかに〝異常〟だと思われます。……ひょっとすると、我々の知らないところでまた〝秘王の卵〟が孵り、以前と同じように〝マナ〟を振りまいたのではないでしょうか? ……シーダさんはまだ子どもで、受け取れる〝マナ〟の量も少ないはずですので、大人の獣人のように暴走しなかったのかもしれませんし、それに〝秘王のマナ〟は目視でもしない限り我々では探知が極めて難しいものとされております」
「うむ、中々理に適った推測ではあるが……しかし、それは有り得ぬな。――なぜなら、いくら〝秘王のマナ〟が我々では探知が難しいものとはいえ、それはあくまでも〝卵の段階〟までの話じゃ。卵が孵ってしまえば……お前も見たことがあるから分かるとは思うが、さすがにあのような〝禍々しいマナ〟を放っていれば誰でも気がつくはずじゃ。それに〝異常〟があるのはシーダだけ。〝秘王のマナ〟をシーダだけが受け取り、共にいたファナが偶然にも受け取らなかったと言うには……少々無理があるの?」
「……確かに」
「――じゃ、じゃあさ!」
と今度はリムちゃんが手を挙げた。
「シーダが黙って、何か〝魔法がかかったゴハン〟を食べちゃったとか! ほら、魔界にも傷口にくっつけると回復魔法が発動する草とかあるし!」
「むぅ…確かに有り得んことはないが……身体能力を強化するような、そんな魔法がかかった食べ物が都合よく置いてあるのか? ――というか、ファナよ。お前はずっとシーダといっしょにおるのじゃろ? そもそもシーダは朝メシに何を食ったんじゃ?」
「え? えっと……」
私は口に人差し指を当てながら答えた。
「……麦のパンを〝十六〟個でしょ? それからミルクのスープを〝十回〟おかわりして、メグロとか言う目が黒いお魚を〝五匹〟に、じゃいあんとたーとるくらぶ、とか言う、カニみたいな、カメみたいな、変なデッカイやつを〝丸々一匹〟でしょ? それからキビとか言う……茎? みたいな、ほんのり甘いやつを〝五十本〟一人でしゃぶってて……あ、あと、エルさんが人間界の物が売ってるお店で買ってきてくれた、焼きリンゴを〝六個〟! リムちゃんもすっごく気に入ってくれたんだ♪」
「……ふ、ふむ……すさまじく多い気もするが、まぁ、シーダなら〝普通〟じゃな……しかし、そんなものにまさか魔法がかかっているとも思えんし……おい、シーダよ。他に何か黙って食ったり、飲んだりした物はないのか? 特にファナが食べていないような物じゃ」
「うん。ないよ?」
弟はそう、首をすぐに縦に……ん?
「そうか、ないか…それなら――」
「――いえ! ちょっと待ってください!」
ビシリ! 私は手を前に出してそう言い放ち、弟の腕を捕まえて詰め寄った。
「……シーダ? 〝食べた〟でしょ? お姉ちゃんに黙って、何か〝食べた〟でしょ!!」
「え゛……た、食べて…ない、ヨ……?」
「やっぱり!」
? どういうことなんじゃ? そう首を傾げる霊王さまに私は説明した。
「シーダはね、黙って何かを食べた時〝だけ〟、すぐに答えるんです! だって本当に知らない時は食べた物を順番に思い出していくから、時間がかかるんだもの! ――さぁ! 言いなさいシーダ! 何食べたの! 言わないとゲンコツだからね!」
「うわーん! ごめんなさーい! 食べた! 食べたからぁ!」
「い…いや、おい! ファナ! 怒っている場合ではなかろう? とにかく何を食ったかシーダに話させてやれ」
がるる……唸りながらも、仕方なく私は弟から手を離した。
それから、半べそをかいた弟は、遂に白状する。
「……えっと、ね? 食堂の隣にある、何だかすっごく〝高そうなお部屋〟に置いてあった、袋に入った赤い…〝木の実〟……?」
「〝木の実〟……? 食堂の隣の……まさか!」
声を上げたのはエルさんだった。エルさんはそのまま話す。
「それは〝木の実〟なんかではありません! 〝霊石〟と呼ばれる、〝精霊族専用〟の食べ物です!」
……え? 精霊…ということは、まさか!!」
「な!? おまっ…妾のメシを食ったのか!??」
「ごごご! ごめんなさーい!!」
私は慌てて弟の頭を捕まえ、必死に、何度もその頭と自分の頭を下げた。
「霊王さまの食べ物とは知らずに! ホントにもうこの子は! ホントにもうっ!!」
「い…いや、べつに食ったことに関してとやかく言うつもりはないのじゃが……それよりシーダ、お前妾のメシを食って…〝何ともない〟のか!?」
……え? 〝何ともない〟…って???
困惑する私に、エルさんは説明した。
「〝霊石〟とは、先ほども言いましたが、本来〝精霊族専用〟の食べ物です。――その理由は、〝霊石〟には元から極めて強力な〝マナ〟が含まれていて、〝マナ〟を主食とする精霊ならば問題はないのですが、人間など〝マナ〟の総量が特に低い者たちにとっては、食べると〝毒〟にすらなってしまうことがあるのです」
「どどど! 〝毒〟!!!!!???」
ふらぁ……
「――あ! ふぁ、ファナ!?」
ざしいっ! リムちゃんは倒れそうになった私を慌てて支えてくれようとしたけれど、その前に私は自分の足で踏み止まった。
――そう! こんなところで倒れている場合ではないのだ!
私はそれからすぐさま弟の肩を掴み、大きく揺さぶりながら叫んだ。
「吐きなさいシーダ! 今すぐ! 早く!!」
「い…いや、おい待てファナよ! 落ち着け! 実際何ともないみたいじゃから大丈夫じゃ!」
「ファナ! ストップだって! 落ち着いて!!」
ゼハー! ゼハー! ……私はリムちゃんに押さえられ、ようやく弟から手を離した。
けれど……うぷっ……心臓が…バクバク、鳴りすぎて……気持ち悪い…………。
「……だ、だいじょうぶ、ファナ?」
「わ…私のことより、し…シーダを……」
リムちゃんに背中をさすられながらも、私は必死にシーダのことを指差し、助けを求めると……すぐに、エルさんが診てくれた。
……だけど、
「……? おかしいですね? 霊石を食べてしまったのならシーダさんの体内にある〝マナ〟が、ある程度は強まるはずなのですが……三眼を使って〝見て〟も、普段と大差が…というより、全く変化がみられませんね?」
……え? ど…ドユコト???
「む? 〝霊石〟を食って、しかしそれでも体内の〝マナ〟が増えんということは……まさか、〝使った〟のか?」




