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――さて、話が逸れてしまったな。そう呟いた霊王さまは、エルさんに向かって話した。
「続けよ、エル。その〝秘王のマナ〟を持つ〝分身〟が、獣人たちにどんな影響をもたらしたのじゃ?」
「はい。調べましたところ、八百年前に人間界でその〝秘王の卵〟が孵ったという知らせが入り、偶然にも仕事で人間界を訪れていたということから、我々神族が代表としてその〝分身〟の討伐に当たったそうです。――〝分身〟自体の力も弱かったということもあり、討伐は苦もなく簡単に終わらせることができましたが……討伐した〝後に〟、〝秘王のマナ〟が魔法となって発動したのです」
「……討伐した〝後に〟、じゃと?」
「はい。発動した魔法の名は、〝配給〟……ファナさんたちにも分かるように説明すると、この魔法は他人に自分の持つ〝マナ〟を分け与えることができる、という魔法です」
「分け与えるって……え? あげちゃうんですか? だったら良いことなんじゃ……?」
「……通常であれば、確かにそのとおりです」
しかし――お姉ちゃんの質問に頷いてから、エルさんは続けた。
「問題なのは分け与えたその〝マナ〟が普通のものではなく、〝秘王のマナ〟だった、ということなのです。――これは結果としてですが、それを受け取った獣人たちは……理由は未だに分かってはいませんが、今の今までは争いを好まず、ただ静かに暮らしてきたはずが…突然、まさに我を失ったように暴れ始め、人間たちを襲い始めたのです」
「そんなことが……あれ? でもエルさん? 何で、獣人にだけにそんな〝マナ〟が? その〝分身〟の人が、例えば混乱させるのが目的で、その〝マナ〟をあげることで私たち獣人や人間が暴走するっていうのがわかっていたんだとしたら…ほとんど生まれてこないような数の少ない獣人にあげるより、いっぱいいる人間にあげた方がもっと混乱を生み出せるんじゃ……?」
「それは……すみません。分かってはいません。……ですが調べたところによると、性格は別としても、現代でも獣人は人間よりも圧倒的に高い〝戦闘力〟を持っているそうですね? これはあくまでも私の推測にすぎませんが……〝分身〟はどういうわけかそのことを知っていて、数よりも質……つまり、一体一体の〝強さ〟を求めたのではないでしょうか? 現に、暴れている獣人に対し、人間たちは必死に応戦しても決して勝つことはできなかったようですし……」
「なるほどの……しかし、いくら人間よりも強いとはいえ、当時の人間族は魔法のまの字も使えんかったはず…何しろ人間族の魔法使いが出てきたのはほんの五百年ほど前のことじゃからの。――当然、お前たち神族が手を貸してやれば、どうということもなく簡単に騒ぎを治めることはできたのじゃろう?」
「いえ……そ、それが…………」
……突然、エルさんは困ったような表情になってしまった。
いったいどうしたというのだろう? ――メイミルの町を襲った盗賊団も、あっという間に捕まえることができてしまったエルさんみたいに強い神族の人たちなら、いくら強くても獣人なんて簡単に倒せちゃうはず……だよね?
「あの、実は…霊王様?」と、その時だった。エルさんはそのまま、困ったような表情で霊王さまに聞いた。
「このことは…その……〝伏せろ〟と、神王様から――」
「うるさい黙れガキが…と伝えておけ。――早ぅ話せ」
……どうやら霊王さまは〝王〟さまの中でも〝最強〟であるらしい。はい…とエルさんは仕方なく口を開いた。
「では、お話しいたしますが……このような悲惨な事件が起こってしまったのは〝秘王の卵〟のせいであるとはいえ、それを討伐したのはあくまでも我々神族です。――それを受け、当然、事件発生の要因の一部は我々にもあるとし、責任を感じられた神王様はすぐに現地に神兵を派遣し、事件の鎮圧化に努めました。しかし……」
「……しかし? 何じゃ?」
霊王さまが聞いた、次の瞬間だった。エルさんの口からは、信じられない言葉が発せられた。
「――〝敗北〟したのです。たかだか五十名にも満たなかった獣人の集団に、派遣された二百名を超える神兵たちが、〝全員〟……」
「「「!!?」」」「なっ……!?」
バカな! 霊王さまが声を上げた。
「どういうことじゃ!? 獣人であろうと何であろうと、相手はただの人間族! 魔法も使えんということは、身体能力も即ち〝素〟のままじゃということ! そのような者たちを相手に神族はいったい何をやっていたのじゃ!?」
「……確かに、相手は魔法が使えないということが分かっていたため、我々神族にもそこに何かしらの油断はあったはずですが……いえ、言いわけをしても仕方がありませんね。――当時の神兵たちは獣人たちが予想以上に強かったということから、剣を、魔法を、兵器を。とにかくそこで使えた戦力という戦力を全て使用し、全力で戦って…そして、まさに〝返り討ち〟です。……もう一度言いますが、たった五十名の獣人を相手に、二百名の神兵が完膚なきまでに叩きのめされてしまったのです」




