4-15 四話目終わり。
――え???
突然、だった。突然自称霊王はあたしのことを抱きしめて、さらに頭をなでてきたのだ。
「あの…ちょ……えっ???」
わけがわからない…自称霊王はあたしのことを捕まえるのでは……なかったのだろうか?
あたしは混乱のあまり、そんな言葉にもならないような声しか上げることができなかった。
しかし自称霊王は、そんなあたしのことを抱きしめたまま、優しくささやいた。
「――〝偉い〟の、リムル……お前もファナと同じじゃ。ちゃんと、〝友〟のことを考えられるようになった……過去はどうであれ、そんな気持ちを持てるようになった今のお前に妾が言えることは、もはや一つだけしかあるまい」
――〝釈放〟じゃ、リムル。
「……え? 今……なん、て……?」
「なんじゃ、これだけ近くで言っても聞こえなかったのか?」
そう呟いて、今度はあたしから手を離してから、自称霊王は面と向かってはっきりと言い放った。
「では、もう一度言ってやろう……リムル。お前は本日、今この瞬間を以って〝釈放〟とする。つまり、もう逃げなくとも捕まることはないのじゃ。――ああ、もちろん、そのための手続きやら何やらは、あの無能な魔王に代わって妾がちゃんとしておいてやったから、安心するがよい」
「……え??? あの……え??? 手続きって……そんなこと、子どもにできるわけが……」
「――リムちゃん!!!」「――リムちゃん!」
その時だった。〝釈放〟という言葉を聞いて、我慢できなかったのだろう。笑顔なのに大粒の涙を流したファナがあたしに跳びついてきた。
「うわっぷ!? ふぁ、ファナっ!!?」
そしてあたしのことを、ぎゅっ、と抱きしめて、耳が壊れちゃいそうなほどの大声で、何度も〝その言葉〟を叫んだ。
「――〝よかった〟!!! 本当に〝よかった〟!!! ――これで、リムちゃんは自由になったんだよ!!! 本当に! 本当に! 〝よかった〟!!!」
「あ…う、うん……そういうことになる……のかな???」
……何だか、実感がまるでない。本当にこれであたしは自由になったのだろうか? いや、それ以前になぜあたしは〝釈放〟されたのだろう? お母さんが無罪であることを証明してくれた……とか???
「ほら、リムちゃん!」
と、今度は弟が声を上げた。
「リムちゃんを〝ショックホウ〟してくれたのは霊王さまなんだよ! ちゃんとお礼言わなきゃダメでしょ!」
「え…ああ、うん……そうだね……」
……ちなみに弟よ。〝ショックホウ〟ではなく、〝釈放〟ね? それでは何かの兵器の名前みたいだからね?
――って! そんなことにいちいちツッコミ入れてる場合じゃない。弟の言うとおり、一応ちゃんと自称霊王にお礼を言っておかなきゃ……。
そう思ったあたしはすぐに自称霊王の方を振り向いたけれど……あれ? 自称霊王がいなくなってしまったぞ? いったいどこに……って!
「ああ!? ちょっ! ファナ! シーダ! 下がって下がって!」
「ふぇ? ――あ!」「消えちゃってる!!」
どうやらファナもシーダもそのことに気づいたらしい。慌てて下がった。
すると、下がったそばから、やれやれ、とため息をつきながらの、自称霊王の姿が現れた。
「ようやく気づいたか……まぁ、〝領域〟に入っても、〝使い続けることができる魔法〟であれば消えはしないから、問題ないのじゃがの? 例えば〝通行証〟を身体に固定化するような魔法は――っと、そんな話、今はどうでもよいか……あー、で? お前らいったい何の話をしていたんじゃ? 無効化されたせいで何も見えんし、声も聞こえんかったから、妾には何が何だかさっぱりじゃぞ?」
「――あ! えっと……はっ!」
言いかけて、ポム、とファナは口を手で閉じた。
……どうやら、自分で言わなきゃダメ、ということらしい。あたしは仕方なく、改めて自称霊王の方にしっかりと向き、深々と頭を下げた。
「――えっと、何だかよくわからないけど、とりあえずありがとうございました! おかげで助かりました!」
……どう言っていいかわからなかったからそんなふうにしかお礼は言えなかったけれど……どうやらそれで問題はなかったようだ。
「かっかっかっ! そうかそうか!」と自称霊王は高らかに笑っていた。
そして、その流れで自称霊王は続けた。
「妾に礼を言う、ということは、皆言いたいことは言い終わったようじゃな。――では、あとは妾の〝本体〟がいる部屋に戻ってくるとよい。そこで改めてこれからのことを説明することとしよう……おお、道案内ならそこのデスがするから……〝用心〟するように」
「え……霊王さまは先に行っちゃうの? 何で? ボクたちといっしょに行こうよ?」
「ん? ああ、すまんの……妾は少し、他に〝用〟があっての。先にそれを済ませておくから、お前たちはお前たちで戻ってきてくれ。――ではの」
そう言い置いた自称霊王は、またすぐに、ぱっ、と消えていなくなってしまった。あ、と声を上げる暇もない。シーダは消えてから「どうしたんだろ、霊王さま?」と首を傾げていた。
……それから、数秒後だった。
す、とファナがあたしに向かって手を伸ばしてきたのだ。
「……えと、何だかよくわかんないけど……とりあえず行こ? ――それから、改めてよろしくね、〝リム〟ちゃん!」
「――!! うん! こちらこそ、よろしく! ファナ!」
――こうして、あたしの長いようで、実はすごく短い脱走劇は、幕を閉じたのであった。
……ちなみにその頃神殿内のどこかで、一人の自称〝王〟の手によって、二人の自称〝王〟たちが悲鳴を上げさせられていたということは、あたしたちには知るよしもない……。
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