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え? 何が?
聞く前に自称神王は答えた。
「お前は〝リムル〟じゃねぇ、ってことがさ……だってそうだろ? 情報によれば〝リムル〟は魔法が使えないはずなのにお前はそれが使えるみたいだし、何よりも、ヘルハウンドごとき〝小物〟を相手にビビってるようじゃ〝大罪人〟が務まるわけねーしな? 本物の〝リムル〟ならこんなの触れば一発だろ」
……ごめんなさい。これでも〝大罪人〟として務まっちゃってるみたいです……あと、触れば確かに一発だとは思うけど、その前に食べられちゃいそうでムリです……。
うぅ、とあたしは、そんな情けない自分にほんの少しだけ歯噛みした。
「――な、な~んだ。これって作り物だったんだ。よかった~」
と、あたしにしがみついていたファナは手を離し、はふぅ、と安堵のため息をついた。そして、その流れで話を続ける。
「……よかった、といえば、神王さまに会えて本当によかった~……あの、神王さま? 実は私たち道に迷っちゃって…霊王さまが待ってる元の部屋に帰れなくなっちゃったんです。途中までは魔王さまが道案内してくれてたんですけど……魔王さまが〝変なボタン〟を押したらここに落ちてきちゃって……」
「あ? 〝変なボタン〟だと? ……ああ、なるほどね。さすがは〝バカ〟だな。あんな見え透いた罠にはまったのか」
――! あの落とし穴、あんたの仕業か! くっそ~…これだから金持ちのお坊ちゃんは!
誰にも聞こえないくらい小さな声で、ぶつぶつ、あたしが呟いていると、自称神王は続けてファナに返事を返す。
――だけど、その言葉は…予想もしていなかったものだった。
「ふん…まぁ、いい気味だ、とでも思っておこうか……そんじゃあな。俺はもう少しリムルを探してから戻ることにするから、お前らはお前らだけでがんばれ」
「え!? 連れて行って…くれないんですか!!?」
ファナが聞くと、神王は肩越しに振り向いて言い放った。
「――たりめーだバカ共が。俺はエルみたいに甘い性格じゃねーんだよ。自分のことは自分で何とかしやがれ」
「そ、そんな~!!」
な…なんて冷たい子どもだ! ファナがこんなに困ってるっていうのに!
よしよし……あたしは瞳に涙を溜め始めたファナの頭を優しくなでながら、キッ! と自称神王のことを睨みつけた。
……しかし、結果は変わらない。
ふんっ。自称神王はそんなあたしたちを鼻で笑い、部屋の奥の方へと進んで行っ――
「――あれ? 神王さま…そっちの扉には全部お札が貼ってあるから通れないみたいだよ?」
――その時だった。唐突に、弟はそんなことを言い始めたのだ。
それには自称神王も、
「何? ……あー、そっか……そういやフレイヤのやつがそんな指示出してたっけ? くそ、てことは元きた道を戻んなきゃなんねぇのか……めんどくせぇな……」
くるり。自称神王はこちらを振り向いた。そして、そのまま歩きながら続ける。
「……しかし、シーダ…お前よく分かったな? あっちの扉に全部札が貼ってあるってこと?」
「あ、うん。ボク、他の人より目がすっごくいいみたいだから、あれくらいの距離だったら普通に見えるよ?」
「へー……そうなのか。スゲェな……ま、とりあえずは教えてくれてありがとよ。お礼はお前らが無事に部屋に戻れたらしてやる。――改めて、そんじゃあな」
どうせだったら今お礼してよ! そう思ったけれど……何を言っても無駄そうだ。自称神王はそのまま歩いて行き、下りてきた階段を上らないでそのまま真っ直ぐ……
……おや? なぜ、そのまま真っ直ぐ???
「……ねぇ、神王さま? どこ行くの?」
堪らず、弟が聞いた。
だけど、自称神王からはさらに予想外な答えが返ってくる。
「……あ? どこって……だから、とりあえず元きた道を戻ろうと……」
「……そっちじゃなかったはずだけど?」
「……え…………?」
……。
……。
……。
……え? ウソ……まさか、ね……?
「――おおーっと! こりゃいかんいかん! ちょちょちょ、ちょっとばかし、ボー、としちまってたようだ! そうそう、元きた道はこっちの方だったな!」
……。
自称神王は、なぜだか階段とは真逆の方向に…………。
「「「………………」」」
――ねぇ、神王? 今度はあたしが聞いた。
「だから、どこ行くの? あんたがきたのって、あの階段からでしょ?」
「え――!!」
……。
……。
……。
「「「――えっ!?!」」」
思わず全員の声が重なった。
それから、今度はファナが聞く。
「……あの、神王さま……? もしかして……〝迷子〟…なの!? 自分のお城で!!?」
なばっ!! 突然、そんな奇妙な声を上げて自称神王は慌てて振り返った。
「そ、そそそ、そそそそそんなわけ、ななな、ないだろ!! そんな、まさか自分の住んでる城の道が分からねぇ、何てことがあるわけが――」
「――じゃあ、今……どこに行こうとしたの?」
弟の攻撃。自称神王は滝のような汗を流し始めた。
「……いや、だからその……そう! あっちにリムルが隠れているような気がして――」
「――じゃあ、何で、『元きた道を帰ろうと……』とか答えたの?」
あたしの攻撃。自称神王は後方へ大きくよろめいた。
「……だ……だから、その……あの……何て言うか……」
「――神王さま……神王さまだって〝迷子のくせに〟私たちにあんなことを言ったの?」
ファナの容赦ない攻撃。遂に自称神王はその場に崩れ落ちた。
「………………はい……すみません……でした…………」
「「「………………」」」
……行こっか?
あたしが声をかけると、二人はすぐに頷いた。
ちゃんと謝ったんだから、許してあげる……二人の優しい気持ちは今も変わってはいないことだろう。
……しかし、許すのと、いっしょに帰り道を探してあげるのはまた別問題である。
あたしたちはそのまま、自称神王の方を一切振り返ることなく、階段を上った。




